がん化や倫理問題を回避した、第三の多能性幹細胞を発見!
2010年6月10日
東北大学大学院医学系研究科
出澤 真理 教授

再生医療実現の「切り札」として期待されるES細胞やiPS細胞。ただし、ES細胞には生命の萌芽を壊すという倫理問題が、iPS細胞には導入した遺伝子によるがん化の危険がつきまとう。このほど、東北大学院医学系研究科の出澤真理教授らは、これらの問題を回避できる「第三の多能性幹細胞」を皮膚や骨髄などの組織から発見。その効率的な分離や抽出の方法も確立した。
10年ほど前から骨髄の間葉系細胞の研究を進めていた出澤教授は、2003年に、通常の培養の過程で形態と性質がなんとなくES細胞に似た細胞塊を発見した。このような細胞塊に出会う頻度は非常に低かったが、興味をいだいた出澤教授は、塊が毛や色素などの多彩な構造へと分化し、ある程度まで増えると増殖をやめることを突き止めた。その後、進展がなく時間が経過していたが、あるときトリプシンという酵素が入った溶液を培養液と取り違え、そのまま一晩置いてしまった。「翌日、培養液が黄色であるのを見て、トリプシンによる消化で細胞を駄目にしてしまったとがく然としたが、顕微鏡でよく観察してみると、浮いている細胞の中に生きているものがいることを発見した」と出澤教授。このことが、今回の成果に至る原点となった。
さっそく、この「ストレスに強い細胞塊」が何なのかを調べはじめた。そして、皮膚由来の線維芽細胞や、骨髄由来の間葉系細胞といったありふれた細胞を培養した後に長時間のトリプシン処理を施し、浮遊する生細胞を培養したところ、多分化能をもつ細胞を分離することに成功。ここで言う「多分化能」とは、体を構成する3胚葉(消化管や肝臓のような内胚葉、血液や骨・脂肪などの中胚葉、神経や皮膚などの外胚葉)の細胞に分化する能力をもつことを指す。「こうして分離・培養できた細胞は、多分化能をもつことと、ストレスに強いことから、共同研究者である京都大学の藤吉好則先生がMuse細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduring cell)と名付けた」と出澤教授。
顕微鏡で見ても特徴のないMuse細胞だが、分離後に浮遊培養を行うと、ヒトES細胞から形成される胚様体とよく似た細胞塊を形成し、増殖が停止することもわかった。この細胞塊をゲラチンコートした培養皿に移して培養を続けると、特別な因子を何も加えなくても3胚葉性の細胞に分化する。「ただし、一旦浮遊培養中で増殖を停止しても、接着培養に移すと増殖が再開される。浮遊培養と接着培養を繰り返すことで、Muse細胞を増やすことが可能であることもわかった」と出澤教授。
さらに解析を進めたところ、Muse細胞に関して次のような特性も明らかになった。ES細胞やiPS細胞と同様の多能性幹細胞マーカーを発現している。ES細胞やiPS細胞のような奇形腫を形成することはない。トリプシン処理は必ずしも必要ではない。増殖時には非対称分裂をし、non-Muse細胞も同時に増える。損傷を受けたマウスの生体内に局所注入や静脈内投与を行うと、損傷組織に生着し、生着組織に応じた3胚葉のいずれかの細胞に分化する。
一連の成果について出澤教授は、「今回は積極的に何らかの細胞に分化させる操作は行っていないが、特定の因子を加えることなどで、特定の細胞のみに分化させるといったことも可能だろう」とする。もし、3胚葉性の特定の細胞を自在に作り出せ、事故や病気で損傷を浮けた患者に使えるとなれば、夢のような再生治療の誕生となる。
「Muse細胞は腫瘍化することなく、浮遊培養・接着培養・精製という過程を経て増殖させることが可能。この増殖法と、ヒトの生体内に存在して3胚葉のいずれの細胞にも分化でき、体内でも腫瘍化しないという特性とを組み合わせれば、医療応用の有用性はかなり高いのではないか」とする出澤教授。今後は、どのような組織の細胞に分化しうるのかをさらに検証するとともに、Muse細胞の発生学的な起源や、他の多能性幹細胞との進化上のつながりなども調べたいとの意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター