サリドマイドの催寄性のメカニズムを解明
2010年4月22日
東京工業大学 ソリューション研究機構
半田 宏 教授、伊藤 拓水 研究員
同大学大学院生命理工学研究科グローバルCOE
安藤 秀樹 特任助教

サリドマイドは1957年にドイツで市販されたのを皮切りに、つわり止めや睡眠薬として、多くの国で使われた。しかし、妊娠中の女性が服用すると胎児の四肢が短くなる、耳が小さくなるといった奇形が発生したために1960年代に発売が中止された。その後、ハンセン病や多発性骨髄腫などに効果があることがわかり、現在、世界で再び使われるようになっている。日本でも2008年に多発性骨髄腫の治療薬として承認された。しかし、これまでサリドマイドの催奇性の詳しいメカニズムは知られておらず、副作用に対する懸念は払拭されていない。
東京工業大学ソリューション研究機構の半田宏教授らの研究グループは、最近、サリドマイドの催奇性を司るタンパク質を明らかにし、その機能を報告。その成果は、50年来のサリドマイドの催寄性の謎を解く大きな一歩となった。
タンパク質の探索には、半田教授らが開発した直径約200 nmの機能性磁性微粒子(FGビーズ)を使用。FGビーズはフェライトのナノ結晶をスチレンとグリシジルメタクリレートなどの有機高分子で覆ったもので、このFGビーズにサリドマイドを固定化し、ヒトの細胞の抽出液に入れて結合する物質を探したところ、セレブロン(cereblon、CRBN)というタンパク質が強く結合することがわかった。この研究を担当した伊藤拓水研究員は「セレブロンについてはこれまでほとんど報告がなく、詳しく調べると、ユビキチンリガーゼの一部を構成していた。サリドマイドはユビキチンリガーゼの活性を阻害することで奇形を起こすようだ」と話す。ユビキチンリガーゼは、タンパク質分解酵素が働くために、分解されるべきタンパク質に目印を付ける重要な酵素だ。
続いて、同大学大学院生命理工学研究科グローバルCOEの安藤秀樹特任助教がゼブラフィッシュでの研究に着手。卵割が始まっていない受精卵をサリドマイド溶液の中で飼育すると、ヒトでは腕にあたる胸びれと耳にあたる耳包の発達が抑制された。一方、遺伝子改変によってセレブロンを発現しないようにしたゼブラフィッシュでは、サリドマイドを投与しなくても、胸びれや耳包が異常になった。
また、セレブロンのユビキチンリガーゼとしての機能を保持しつつ、サリドマイドが結合しないように改変したセレブロン変異体CRBN YW/AA遺伝子を導入したゼブラフィッシュでは、催奇性は抑えられ、胸びれや耳包が発達した。
さらに、四肢の構造が哺乳類により近いニワトリについても、東北大学加齢医学研究所の小椋利彦教授と鈴木孝幸助教が実験を行い、セレブロンがサリドマイドの催寄性の鍵を握ることを明らかにした。ニワトリではすでにヒトの上肢に相当する翼の欠損がサリドマイドによって引き起こされることが知られている。
セレブロンはヒトでも保存されており、ゼブラフィッシュやニワトリと同様の機序で四肢や耳の発達異常が起こると考えられる。この一連の研究から、安全なサリドマイド様の薬剤を開発できる可能性が出てきたわけだ。伊藤研究員は、「サリドマイドの催寄性の原因には、血管新生阻害や四肢発育の際の酸化ストレスなど諸説あり、また、多発性骨髄腫などの疾患に作用する理由もわかっていない。今後、セレブロンが体内でどのように作用しているかを調べてみたい」と抱負を語る。
半田研究室では、サリドマイド以外にも、FGビーズを用い、アセチルサリチル酸(アスピリン®など)やパクリタキセル(タキソール®)など、よく使われる薬剤がどんな生体物質と結合して効果や副作用を起こすのかについて研究している。薬によっては濃度によって作用するメカニズムが違うことも明らかになってきた。
半田教授が今、とくに興味を持っているのがアミノ酸だ。「アミノ酸は生体物質との結合が弱く、体内で強い効果を持たせるには大量に飲まなければならないが、標的タンパク質を見つけ、そのタンパク質との結合を強くできれば薬になるかもしれない」(半田教授)。「サイエンスは個性とプライド」をモット-とする半田研究室から、どんな研究成果が飛び出すか、期待される。
小島あゆみ サイエンスライター