ランク付けは欠点あれども価値あるツール?
2007年7月5日
Gene Russo
Naturejobs editor
Nature 447, 1139 (27 June 2007) | 10.1038/nj7148-1139a
「古今の名作映画」のランキングを読みふけっていると、必ずある考えが浮かんでくる。これらの映画はそれを選んだ「専門家」らが真に好む映画なのか、はたまた大抵の人が最高だと認める映画なのか?
大学、研究所、大学院課程、ポスドク研究のランク付けに際しても、同じことを思う。何が基準なのか?誰が、何に基づいて判定しているのか?世界の大学ランキングは、有用で状況に見合った判断材料になるというよりは、しばしば評判を固定化してしまうものであるという考えを最近のNature で示した(Nature 444, 395; 2006)。良い評判は良い評価を生み、それはさらに良い評判を生む。
しかしランク付けには反対意見がない訳ではない。先週、有名なU.S. News & World Report誌が毎年行う米国大学ランキングを批判するため、米国の教養(liberal-arts)大学数十校が一同に会した。会議には専門大学学長80名とAnnapolis Groupの私立専門大学学長71名が出席し、出席者は他校の評判の評価を学長に依頼するU.S. News & World Report社のシステムに反対した。出席者の大半はランク付け行為を完全にやめる意思を表明し、その代わりに、それに相当する情報をより公正な形で提供してゆくことを取り決めた。この会議は、オレゴン州ポートランドに拠点を置く非営利組織のEducation Conservancyが5月に出した書簡に鑑みて実施されたものだが、その書簡は専門大学学長12名が専門大学および総合大学にU.S. News社のリストへの情報提供を控えるよう求めたものであった(Nature 447, 514–515; 2007)。
ンク付けが完全でないことは明らかだが、いくぶん魅力もある。理解しにくい世の中の指針となってくれるかもしれないし、自分の居所を確認する欲求は抗しがたいものかもしれない。自分は最高の街に住んでいるのだろうか?自分は最高の小説を読んだのだろうか?しかし高等教育のこととなると、この本能的衝動を抑えるべきなのだろうか?
ご意見をお聞かせ頂きたい。大学、大学院、ポスドクのランク付けは有用なのか、それとも教示する以上に事を歪曲してしまう内輪事なのか?
英語の原文:Rankings are flawed, but are they a worthwhile tool nonetheless?