Nature Careers 特集記事

医薬品や医療機器の臨床試験や審査・承認の現場が新しい展開を迎えている

2007年3月29日

バイオテクノロジーの急速な進歩に伴い、遺伝子治療や細胞治療などの先端医療の実現の可能性が見えてきた。実際、今、従来の医薬品・医療機器とは異なる特徴を持つ製品が承認に向かって進んでいる。

今年2月、第一化学薬品が日本で初めての遺伝子診断薬を承認申請した。これは抗がん剤の塩酸イリノテカンの副作用を増強する遺伝子多型の有無を調べるもので、アメリカで2005年に承認された製品に日本人に多いSNPs(一塩基多型)も加えた形に変更している。

また、現在、治験(新薬の臨床試験)の第3相試験を行っているアンジェスMGのHGF遺伝子治療薬はこの1月に患者の登録数が有効性評価に必要な症例数に達し、「夏にも有効性評価を終え、年末から来年初めには承認申請を出したい」(山田英代表取締役社長)としている。承認申請されれば、遺伝子治療薬としては日本で最初のケースになる。

一方、医薬品や医療機器の審査を行う医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)でも、最新のテクノロジーを利用した迅速な審査とドラッグ・ラグ(海外で新薬が上市されてから日本で上市されるまでの時間差)の解消に向けて、この4月から体制を強化する。今、大きく動き始めている医薬品・医療機器の開発・承認の現状をレポートする。

図1:わが国における臨床試験の現状。 | 拡大する

複雑で理解しにくい臨床試験の仕組み

日本で新しい医薬品・医療機器や医療技術が世に出るまでには、①治験・承認申請→PMDAによる審査・報告→厚生労働省による承認・薬価収載 ②臨床研究(→高度先進医療)という2つのルートがある(図1、図2参照)。通常は、①のルートを経て、健康保険の適応となり、広く一般に使われることになる。②では行政への届け出や審査を受けず、厚生労働大臣の承認を受けた後、特定の医療機関のみで使用可能となり、国からの医療費や特定療養費の対象となる。ただし、遺伝子治療と体性幹細胞治療は厚生労働省への届け出が必要となる。

このような制度について、FDA(米国食品医薬品安全局)審査官の経験を持ち、自らもがんワクチンの開発に携わる京都大学大学院医学研究科薬剤疫学分野の川上浩司教授は、

  • 大学の研究者にとっては仕組みが複雑でわかりにくい
  • 臨床研究を行っても、その結果が臨床試験にそのまま反映されず、ベンチャー企業を立ち上げるか、ライセンスを企業に渡して、治験として臨床試験をやり直さなくてはならない
  • 臨床研究には国の指針や届け出制度がなく、大学や研究機関の承認で始められるため、患者の健康被害が表に出にくく、研究成果の共有化もできない

といった問題点を指摘している。また、治験が始まっても、日本では欧米に比べてコストが高く、時間がかかること、承認申請から承認までの期間も長いことから、製薬企業が欧米での治験を行うケースが多くなっているのが実情だ。

図2:細胞組織医薬品・医療用具、遺伝子治療用医薬品の開発・申請の流れ。 | 拡大する

医薬品医療機器総合機構の体制整備が本格化

昨年12月に出された総合科学技術会議の意見具申『科学技術の振興及び成果の社会への還元に向けた制度改革について』では、「治験を含む臨床研究の総合的推進」として、臨床研究を進めるための制度的枠組みの整備、人材の確保や育成と集約化などを提案している。これを受け、厚労省を中心に新たな施策が始まるが、中でも目玉となるのが、PMDAの承認審査の迅速化だ。

医薬産業政策研究所のデータでは、世界で売り上げトップ100の製品が初めて上市されてから各国で上市されるまでのスピードが最も速いのはアメリカで、505日。一方、日本では1417日かかっており、アメリカとのドラッグ・ラグは約2.5年ある。PMDAでは、2007年度から5年間で、開発期間を1.5年、承認審査期間を1年短縮することを目標とし、まず2009年度までの3年間で審査官を中心に236名増員(現在は346名)、2007年度下期からFDAを参考にした研修プログラムを導入する。

そのうえで、治験相談(対面助言)を充実させる。今のところ、需要がオーバーフローしているため、PMDAが独自のスコア制を使って優先順位をつけたうえで抽選を行い、年間約280件の相談を受けており、申し込みからの待ち時間は約3ヵ月ある。これを2008年度中には相談可能件数の枠を420件に拡大して、すべての需要に応じるとともに、待ち時間を2ヵ月程度に短縮する。そして2011年度末には、計1200件の相談に応じる体制づくりを目指す。また、現在は、申請者からの問い合わせに応じて進捗状況を知らせているが、より明確で的確な進捗管理を行うため、プロジェクトマネジメントを導入する。

PMDAの宮島彰理事長は「治験相談を担当した審査官がその後の審査もフォローすることとしている。また、開発期間の相談業務の一部として、治験の第3相試験に入ったら、現在は承認申請後の審査に入ってから行っている毒性や薬理などの試験の事前評価制度も導入する」と話す。さらに、治験相談や承認審査の段階から、市販後の安全監視体制に関する助言や指導を行うことも計画している。厚労省医薬食品局審査管理課の中垣俊郎課長も「最初は審査官のリクルートと教育に時間がかかるが、3年目くらいから軌道に乗せたい」としている。

なお、このような改革の財源として、審査手数料が約2倍に引き上げられるとともに、治験相談の手数料も大幅に値上げされる。

細胞や組織を利用する医薬品や医療機器の開発・審査

日本における遺伝子や細胞、組織を利用する医薬品や医療機器の開発や審査の状況を見てみよう。

現在、遺伝子治療薬は医薬品、細胞や組織を使うものはその性格によって医薬品または医療機器として扱われており、PMDAでの治験相談や審査は、製品によって生物系審査部と医療機器審査部のいずれか、あるいは両方が担当する。

今後、再生医療分野の研究が進むと、細胞や組織を使う生物由来の医薬品や医療機器の治験・承認申請が増えていくことが予想される。従来品とは異なる特徴を持つため、その承認までのプロセスが注目されるが、PMDAの豊島聡審査センター長は「従来と原則的に変わらない。ただ、生物由来の製品ならではの特徴を考慮した試験などのアレンジが加わる」と話す。

生物由来の医薬品や医療機器には、治験に入るまでに“確認申請”という、化成品とは別の手続きが加えられているのも異なる点だ(図2参照)。

豊島センター長は、生物由来の製品ならではの特徴として、

  • 原材料に感染性因子が混入するリスクが高い(原材料にウイルスの除去や不活化の工程を入れられない、あるいは不純物の除去効率が低い場合が多い)
  • 新しいカテゴリーの製品が多く、過去の使用経験や情報の蓄積が少ないため、有効性や安全性の予測が困難
  • 動物モデルの確立が難しいものが多い
  • 作用機序がわからないものが多く、有効性や安全性に関する指標を設定しにくい

といった点を挙げ、「治験でヒトに使う前に製品そのものの品質や安全性を確認するために、確認申請が必要となる」と語る。

ただ、ベンチャー企業など治験に慣れていない企業が開発した製品では、データや書類の不備によって、この確認申請の段階で時間がかかっているケースが多いといわれる。「極端な例をいえば、製品を作る過程にBSE(牛海綿状脳症)の危険があるアメリカ産のウシの血清を使っているようなケースでは品質試験等のやり直しが発生することもある。時間とお金が無駄にならないために、早い段階で相談に来てほしい」と豊島センター長。一方、「審査官が先端医療に関わる医薬品の審査の経験がないため、確認申請やその後の申請に時間がかかる」(川上教授)という理由もある。

とはいえ、医薬品や医療機器を開発し、承認を目指すのであれば、企業や研究者はやはりより早い段階で治験相談をしておくほうがいいだろう。

なお、PMDAの宮島理事長によると、生物製剤を扱う生物系審査部には重点的に人員配備が行われ、現在の19人の審査官が約3倍になる予定だ。

この分野の研究開発の指針のひとつとして、2000年に出た第1314号厚生省医薬安全局長通知「ヒト由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針」があり、幹細胞研究にも製造についてはこの指針が適用される。「この通知の内容に関しては妥当だと考えるが、難しい表現になっているうえに、実例が示されておらず、ハードルが高い印象を持たれてしまう」と川上教授。現在、この通知については厚生労働科学研究で検討されており、今年の夏をめどに改訂案が出る予定だ。自家細胞(自己由来の細胞)を使う場合と他家細胞を使う場合とで、試験の方法や手順を変えるかどうかという点もトピックスになっている。

豊島センター長は「自家細胞は原材料から新たな感染を考慮しなくてもよいという利点を持つが、個体差があるため、製品を作る工程のバリデーションをしっかりしておかないと、アウトカムのばらつきが大きくなる可能性がある。一方、他家細胞は一度製品として確立してしまえばコントロールしやすいといえるかもしれない。自家細胞だからと試験の基準を単純に緩和してかまわないということにはならないだろう」と話す。

大学・研究室等の開発した医薬品や医療機器の臨床試験を行い、企業中心の治験につなげるトランスレーショナル・リサーチ(TR)を推進する大阪大学医学部附属病院未来医療センターの澤芳樹センター長は「自家細胞と他家細胞の試験を全く同じにする必要があるとは考えないが、自家細胞でもリーズナブルな中でしっかりとした基準を作り、細胞培養の途中経過もモニターするべきと考えている。細胞移植を行った後に取り返しがつかなくなることのないように、安全に迅速に進めていきたい」と語っている。

未来医療センターでは、現在、11品目のTRを行っている。「細胞培養時の品質管理や前臨床試験、非臨床試験、臨床試験の基準を満たす設備を使い、ここでの試験結果が治験の第1相試験に相当するよう、GCP(good clinicalpractice:医薬品の臨床試験の実施の基準)に準拠するプロトコルを組んでいる」と澤センター長。「患者へのインフォームド・コンセントも含めて、慎重な手続きで行うことがTRや臨床試験を成功させる鍵」と力説する。

医療機器の開発と審査の促進対策

従来とは異なる特徴を持つ医療機器の開発と審査を進める体制も整備されつつある。

厚労省の次世代医療機器評価指標検討会と経済産業省の医療機器開発ガイドライン評価検討委員会は、2005年から合同検討会を開催し、評価指標を作成している。

次世代医療機器評価指標検討会の審査ワーキンググループ事務局長である、国立医薬品食品衛生研究所療品部の土屋利江部長は、「医療機器は多くの知見と技術の塊で、人工心臓のようにリスクが高い医療機器ほど、開発に時間とお金がかかり、試験方法も複雑になる。このような医療機器の開発の評価指標を作り、安全性を確保して、製品化を進めるのがこれらの検討会のねらい。一定の基準値を必要以上に重視して硬直的なガイドラインにすることはせず、次世代型に柔軟に対応して使いやすい評価指標を作成したい」と語る。

現在、体内埋め込み型能動型機器分野(人工心臓)、ナビゲーション医療分野(手術ロボット)、再生医療分野(心筋シート)、体内埋め込み型医療機器分野(生体親和性インプラント)、テーラーメイド医療用診断機器(DNAチップ)の5分野の評価指標の検討が進む。

DDS(drug delivery system)型抗がん剤も今後のテーマのひとつ。ワークショップの座長を務める国立がんセンター東病院・臨床開発センターがん治療開発部の松村保広部長は、現在、高分子ミセルを応用したDDS型抗がん剤の臨床試験を第2相試験まで進めてきた。DDS型抗がん剤の承認までの手続きについて、「既存の抗がん剤をDDS化しているので、既存の抗がん剤との比較になる。しかし、前臨床試験の段階では薬理学的な検証が難しいため、ヒトに応用してみないとわからない点が多い。DDS型抗がん剤は外殻のキャリアと中身の抗がん剤が合体してこそ薬理学的な意義がある。現在必要とされているキャリアのみの薬理試験や毒性試験は意味がなく、かえって実際とは異なるデータが出る可能性もある。丸ごとの非臨床毒性試験だけでいいのではないか」と話す。

新しいカテゴリーの医薬品・医療機器の薬価の算定

遺伝子治療薬や遺伝子診断薬が承認された後に、薬価がどうなるかも注目される点だ。新薬は類似薬効を持つ薬との比較(類似薬効比較方式)や原価計算方式で算定されるが、新しいカテゴリーの医薬品や医療機器は既存の治療法との比較が難しい場合もある。例えば、アンジェスMGが今年年末から来年初めの承認申請を目指すHGF遺伝子治療薬は、末梢組織の血管新生を進める薬で、従来の対症療法ではなく、根治療法となる可能性が高い。このような付加価値が薬価にどのように反映されるかは興味深い。

松村部長は「類似薬効比較方式では、比較対象となる薬が長く使われていると、大幅に低下した薬価が比較対象となることがある。また、原価計算方式では製造コストのみが勘案され、新薬の革新性が加味されない。これからは患者の側の使いやすさなども付加価値となりえるだろう。企業や研究者の創薬のモチベーションを保つためにも、新しい薬価算定制度が必要」と語る。

一方、新薬の承認が進み、薬価が上がるほど、健康保険制度を圧迫し、医療費の高騰を招くという側面もある。「新しい医薬品や医療機器の恩恵を受けるためには、このままでは患者の負担増が避けられなくなる。これは国民の選択の問題といえる」(川上教授)。

臨床試験や審査に関わる人材の確保

薬理学や毒性学といった薬学の基礎的分野、あるいは規制に関わるレギュラトリー・サイエンスの充実とともに、人材の育成・交流は、医薬品・医療機器の開発や審査の迅速化に欠かせない。

PMDAの審査官のみならず、臨床試験に関わる医師や臨床試験コーディネーターなどの人材の育成は急務だ。

2006年度に始まった薬学部の6年制化は、臨床試験や審査に詳しい人材の養成の一端を担うものとして期待されている。

また、医学系大学院でも臨床試験に関する講座も登場している。川上教授は京大大学院医学研究科に新薬の研究開発、薬事を中心として、企業の専門家や審査官候補を育成するプログラムを2006年度からスタートさせ、大学院生だけでなく、企業の研究者など社会人も学位を取りやすいよう、授業の時間を工夫している。

阪大の澤センター長は「大学のような研究機関とPMDAとの人事交流を進めることも大切。臨床試験について学ぶことで、双方にメリットがある。未来医療センターからの派遣も考えている」と話す。

臨床試験を行う医師の養成、重点病院やTRの拠点整備なども厚労省や文科省が施策として打ち出している。これらがどこまで実効を上げるかも日本の新薬開発の今後に関わってくる。

さまざまな問題をはらみながらも、ハイスピードで変わっていく医薬品や医療機器の開発や臨床研究・臨床試験の現場。これから1~2年の間の展開が今後の日本の医薬品・医療機器の開発や医療体制に新しい道筋をつけることになりそうだ。

小島あゆみ サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度