流れにさらされた血管内皮細胞の変形の様子を可視化!
2010年5月13日
東北大学大学院医工学研究科
佐藤正明教授

上:流れにされされた内皮細胞の垂直断面像
中:細胞内の変位分布
下:細胞内のせん断ゆがみ分布。 | 拡大する
私たちの血管の内側は、内皮細胞からなる層に覆われている。この細胞は、血液と組織間の物質透過性の制御、血管の太さの調整といった重要な機能を担っており、動脈硬化や動脈瘤などの発症にも関与している。東北大学大学院医工学研究科の佐藤正明教授は、血流を模した流れにさらした内皮細胞の断面像をリアルタイムで可視化することに成功。世界ではじめて、内皮細胞が変形するようす(変形挙動)を観察した。
血管の内皮細胞は、血液と接触することで、血流と粘性によって生じる「せん断応力」、血圧による「静水圧力」、血圧変動による「張力」などの力学的な刺激に常にさらされている。このうち、せん断応力は、内皮細胞の機能や遺伝子発現に影響を与え、血管の疾患にも関与していることがわかっているが、「細胞のどこに位置するどのようなセンサーに、どの程度の力が負荷されているのか」といった詳細については未解明だった。
佐藤教授は、アメリカに留学した1983年から、培養した内皮細胞に流れを負荷する研究を始めた。「流れによって細胞の形態が変わることは知られていたが、そのメカニズムは謎だった」。当時をそう振りかえる佐藤教授は、まず、細胞の形態変化には細胞内部の骨格構造(細胞骨格)が関与することを明らかにした。アクチンフィラメントなどからなる細胞骨格の挙動を観察し、細胞に作用する力がセンサー部位に伝わることで、力学信号が化学信号に変換される可能性を指摘したのである。
そこで佐藤教授らは、細胞内部を伝達していく力の大きさを、実際の細胞の変形の様子から計測しようと考えた。観察には臍帯静脈由来の培養内皮細胞を用い、血液の代わりとして培養液を流した。「培養液の粘度は水とほぼ同じなので、血流を模するために培養液が流れる速度を上げ、生体内と同程度のせん断応力を作用させてみた」と佐藤教授。そのうえで、共焦点レーザ顕微鏡を用いて細胞の断面映像を取り込み、リアルタイムの映像を映し出せるようにした。「試行錯誤の末に、培養容器の変形を補正し、5回分の映像を平均化したところ、せん断応力を受けた細胞が変形している様子がダイナミックな映像として浮かび上がった。映像では断面も明瞭に見え、細胞内部が変形している様子もよくわかった」。
さらに、得られた映像を詳細に解析することで、核が細胞質と同期しながら、ほぼ同程度の変形をみせることも突き止めた。「このことは、細胞質と核がほぼ同程度の力学的性質(硬さ)をもっていることと、外部からの力がアクチンフィラメントなどを伝わることで核を変形させることを強力に示唆している。『核は細胞質よりも2から15倍も硬い』とされてきたが、そうではなかった。従来のイメージが崩れたことは、大きなインパクトだったと思う」と佐藤教授。 これまでのマイクロアレイによる解析では、内皮細胞内の600以上の遺伝子の発現応答が、せん断応力に影響を受けることが知られているという。その中には、トロンビン、プロテインC、トロンボモジュリンの各遺伝子といった、血栓の形成に関わるものも多い。佐藤教授は「遺伝子の応答の変化と、動脈硬化などの疾患との関係については謎の部分が大きいが、内皮細胞の力の感知機構を解明していくことが病態の理解にもつながると思う」とし、「細胞のメカノセンサーの探索や力学的応答の解析を進めたい」との意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター