脳細胞の先端が、右ねじ方向に回転することを発見!
2010年4月8日
理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経成長機構研究チーム
上口 裕之 チームリーダー

脳の神経細胞は、細長い突起(神経突起)を伸ばして互いに絡ませることで、きわめて精巧な神経回路を形成する。このような神経回路は、主に胎生期に作られるが、高次機能を果たすには、生後の学習や経験による「回路の再構築」が必要とされる。理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経成長機構研究チームの上口裕之チームリーダー(以下、TL)らは、神経突起の動きを3次元的にとらえることに成功し、伸長の際に先端部が時計回りに回転していることを発見した。
伸長している神経突起の先端部には、「成長円錐」というアメーバ状の構造体が形成される。この成長円錐が神経細胞外のさまざまな分子を認識することで、突起は正しい道のりへ誘導されるが、詳細は未解明だった。たとえば、「成長円錐が、周囲の環境に提示された分子情報のわずかな違いをどのように検出しているのか」、「成長円錐の細胞内で作られた化学的シグナルは、どのようにして駆動力へと変換されるのか」とった謎が残されていた。
上口TLは、医学部を卒業後、脳神経外科の臨床を経てアメリカに留学し、平成15年に現職に就いた。以後、一貫して、成長円錐におけるシグナル分子、細胞骨格、細胞膜などの動態や機能の解析、解析のためのイメージング技術の開発などを行ってきた。「これまでの研究は培養皿上の平面的な成長円錐を解析するだけだったので、3次元環境である生体内での挙動は謎だった。今回、私たちは、液体ではなくゲル状の培地を使って神経突起を四方八方に伸長させ、3次元的に観察することに成功した」と上口TL。
上口TLらはまず、ラットの脳の神経細胞を一つ一つに分離し、コラーゲンゲルの培地内で培養。多くの神経突起は、培養皿に接着せずに培地内を四方八方に伸びていった。次に、この培地を顕微鏡にセットし、対物レンズに向かって伸びてきた神経突起を選んで、その成長円錐の運動を観察した。「海馬、大脳皮質、視床、小脳など、さまざまな部位の神経細胞を用いて実験を行ったところ、それぞれの成長円錐から伸びる細長い突起(糸状仮足)の先端部が、観察者から見て反時計方向に、成長円錐から見ると右ねじ方向に、平均して1分間に1回転していることがわかった」と上口TL。
さらに、糸状仮足が回転する分子メカニズムについても検討を加えた。糸状仮足は、内部に「細胞骨格となるアクチン線維」を豊富にもつことで細長い形態を維持している。このようなアクチン線維を動かすためのモータータンパク質は数種類が知られており、糸状仮足では「ミオシンV」が回転の原動力になっているのではないかと推測されていた。「ミオシンVの機能を阻害した神経突起を作り出し、同様の成長観察実験を行ったところ、確かにミオシンVが糸状仮足の回転モーターとなっていることがわかった」と上口TL。
一方で、ミオシンVの機能を阻害した神経突起を2次元的に培養することで、糸状仮足の回転が神経突起の伸びる方向に影響をおよぼすかどうかも調べた。「すると、このような突起では、回転速度が遅く、右向きの曲がり方が弱いことがわかった。私たちは、神経突起が、糸状仮足を右ねじ方向に回転させることで、成長円錐を右にずらしながら進んでいくと結論づけた」と上口TL。
脳内には、実質や髄膜などのさまざまな組織があり、神経突起は、これらの組織と異なる強さで接着している。上口TLは「接着性の異なる組織の境界面を伸びている神経突起は、糸状仮足の一方向性の回転に起因した横方向の力を受けるため、曲がりながら伸びるはず」としたうえで、「右脳でも左脳でも、糸状仮足は右ねじ方向に回転しているので、神経突起は同一方向に曲がることになる。つまり、左右の脳の神経回路は鏡像ではなく非対称になる。今回、糸状仮足の右ねじ方向の回転が、神経回路の左右非対称性、さらには脳機能の左右非対称性をも生み出す可能性を示唆できたと思う」とコメントする。
生物学のブラックボックスと評されてきた脳だが、今回のような研究によって、その構造と機能が少しずつ明らかにされようとしている。「糸状仮足は、なんのために右ねじ方向に回転するのか。次はその機能的な意義を解明したい。夢は、神経回路が再編成されるしくみを分子レベルで解明すること。実現すれば、再生医療に役立てることもできるはず」。そう意気込む上口TLの挑戦が続く。
西村尚子 サイエンスライター