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豚の精巣をマウスに移植、 得られた精子を用いて元気な子豚が誕生!

2010年3月11日

農業生物資源研究所 動物科学研究領域 生殖機構研究ユニット
菊地 和弘 上級研究員

マウスへの精巣移植で得られた精子を使って生まれた子豚。 | 拡大する

今、人間の身勝手な活動によって多くの動物が絶滅に瀕している。一方で、家畜などでは、特定の種の生産や品種改良が進められている。農業生物資源研究所 動物科学研究領域 生殖機構研究ユニットの菊地和弘上級研究員らは、子豚の精巣を拒絶反応のおきない免疫不全のマウスに移植することで精子を成熟させる手法の開発に成功した。さらに、この精子を豚の成熟卵に顕微授精し、代理母となる雌豚に移植したところ、正常な子豚が誕生したという。

これまで、家畜の生殖工学では、成熟した精子を直接、回収し、液体窒素中で凍結保存する手法が用いられてきた。ところが、家畜の雄の頭数は少なく抑えられており、精子の採取(採精)には特別な訓練が必要、幼弱な個体からは採精が不可能といった問題があった。そんななか、菊地上級研究員は、一貫して、家畜となるほ乳動物の遺伝資源を保存するための技術について研究を続けてきた。

2002年、小型動物であるウサギの精巣を免疫不全マウスに移植することでウサギの成熟精子を得て、出産に至ったとの報告があった。菊地上級研究員をはじめ、多くの研究者が、この手法を豚や牛などの大型動物で用いるのは不可能だと考えていたが、同じ年に、アメリカのHonaramoozらが「ヤギと豚の精巣を移植することで精子を得た」と発表した。「この報告には衝撃を受けた。そして、この手法と私たちの技術を融合すれば、採精の問題が解決できるのではないかと考えた」と菊地上級研究員。

Honaramoozらは、得られた精子に受精能や発生能があるのかという点までは検討しなかった。そこで菊地上級研究員らは、既に確立していた豚の卵の体外成熟培養、体外受精、顕微授精、胚の体外培養などの技術を駆使することで、豚の精巣を免疫不全マウスに移植することで本当に精子が得られるかを追試し、得られた精子に受精能があるのかどうかを検討しはじめた。

まず、子豚から未熟な精巣を取り出し、細かい組織片にして、27匹の免疫不全マウスの背中の皮下組織に移植した(マウスの精巣は取り除いた)。すると、移植後133~280日で精巣の組織片が発育し、19匹の組織片から精子が採取できた。一方で、豚の成熟卵を用意しておき、得られた精子を顕微授精し、電気刺激を与えて発生を誘起させたうえで、発情させた雌豚の卵管に1頭あたり47~100個の顕微授精卵を移植した。「合計23頭に移植したところ4頭が妊娠し、2頭から計6(雄5、雌1)頭の子豚が生まれた。子豚は順調に発育し、一部は性成熟に達している」と菊地上級研究員。

こうして、豚では世界初の成功にこぎつけた。精子がうまく成熟した理由について菊地上級研究員は、「移植組織では、マウス由来の血管が新生して組織内部に入り込み、必要な物質の供給が可能となったのだろう。さらに、マウス体内で作られた何らかの内分泌物質や成長因子が血液を介して供給され、精子の元となる精粗細胞の発育を促した可能性もある」とし、具体的な知見については、順次、検討するとしている。

「今後は、生まれてきた子豚が正常な生殖能力をもち、子孫を残せることを確認する必要がある」と話す菊地上級研究員。あわせて、精巣組織を液体窒素中で超低温保存し、加温(融解)後に移植する技術も確立したいと考えている。

東南アジアには、少数民族が自家食用のために維持する希少な豚の種が多くあるという。一方で、日本を含む先進諸国では欧米の品種が導入され、多くの在来種が滅失されようとしている。菊地上級研究員らによる一連の技術が完成すれば、性成熟を待たずに精子を得られるようになるため、アジアの貴重な豚品種が維持できるほか、絶滅危惧種の保存にも役立つと期待される。

西村尚子 サイエンスライター

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