より安全で快適な交通環境の整備に交通シミュレーションを生かす
2010年2月25日
東京大学生産技術研究所 桑原雅夫教授
同研究所先進モビリティ研究センター センター長

近年、高度情報化を背景に、ITS(Intelligent Transport Systems、高度交通システム)が普及し始めている。
バス停で待つ乗客にバスの現在地を教える、カーナビゲーションに渋滞情報を採り入れるなどのサービスはすでにおなじみとなってきた。高速道路ではETC(Electronic Toll Collection system)の利用が進む。2009年夏と年末、2010年初めにETC車限定で一部の高速道路の休日料金の上限が1000円になったときには、渋滞が発生しただけでなく、観光や帰省の際の人々の行動を変え、経済にも影響を与えたことは記憶に新しい。
2007年からは、首都高速道路でITS車載器を使い、音声と画像で現在の車の位置や障害物情報などを提供する公道実験が始まっている。ほかにも、カーブの先にあって見えない渋滞の情報をあらかじめ提供して追突を防ぐといった、さまざまな安全や快適のためのシステムが検討されている。このような多くのITSサービスを総合的に利用できる次世代の道路"スマートウェイ"が少しずつ実現に向かっているのだ。
東京大学生産技術研究所の桑原雅夫教授は、ITSを総合的に研究する東京大学先進モビリティ研究センター(通称ITSセンター)のセンター長を務める。同センターの前身は2005年に設立された先進モビリティ連携研究センターで、2009年4月に東京大学の正式な附属研究施設となり、研究に加速がかかっているところだ。
最近、同センターは、2009年10月に政府がITS実証実験モデル都市として選定した千葉県柏市でITSの実証実験に取り組み始めた。つくばエクスプレスなどの鉄道と自家用車を使うパーク&レールライド、ETCによって管理と料金徴収を行う駐車場ITS、使いたい人が予約するオンデマンドバス、自転車を共用するサイクルシェアなどのテーマを設け、民間企業や行政と共同で、利便性とともにCO2排出量の削減や省エネルギーへの寄与を検証していく。
桑原教授の専門は動的なネットワーク交通解析や交通シミュレーション、交通信号の制御など。同じく先進モビリティ研究センターのメンバーである東大生産技術研究所の池内克史教授(画像処理)、須田義大教授(制御動力学)らとの共同研究で、ドライビングシミュレータ、実験車、運転者に見せる映像を生成する装置IMG(IMage Generator)などを組み合わせ、センター内に大規模な複合現実感交通実験スペースを構築、運転行動や乗車時の快適性などの多くの分析を可能にした。「ほかの車や周囲の景色もシンプルな形にしてシミュレーションの要素として組み込んでおり、実験ドライバーは臨場感を得られる。初心者ドライバーがいると、その後ろに渋滞が発生する様子などを見て取れる」(桑原教授)。
また、混雑時に一時的に高速道路の路肩を車線として利用すると渋滞が緩和することを、別のシミュレーションモデルの作成によって明らかにしている。さらには、時間的に変化する車の流れのシミュレーションに都市構造の情報を加え、騒音、CO2やNOxの排出量や滞留などの環境評価にも取り組んでいる(図)。東京の高速道路、バス、鉄道のネットワークを一元化し、時間による変化を見ることができるモデルも開発した。
現在、注力しているのが、交通に関する情報のデータベース化だ。2007年から桑原研究室が中心となり、日本の首都高速道路株式会社をはじめ、欧米やオーストラリアの大学、官庁、民間企業などがパートナーとなって、"International Traffic Database" を整備中。「世界には多数の交通の情報があるが、似たようなデータがあっても、どこにあるか探しにくく、見つかってもフォーマットが異なっていて利用しにくい。そこで、メタ情報について統一のフォーマットを作って、研究や交通施策に使ってもらおうと考えたのがきっかけ」。登録不要で、誰でも利用できるのが特徴で、すでにヨーロッパではこのデータベースを生かした共同研究が行われている。
交通工学を含めた交通に関する研究の成果は、交通施策のみならず、地球温暖化を含めた環境対策、災害対策などにも応用されるようになっている。「地域や年齢による交通格差の是正や環境・エネルギーへの配慮はいわば当たり前。これからはサイクリングロードや遊歩道の整備のような心身の健康を重視する施策も必要とされるようになるだろう」と桑原教授。社会をより安全で快適にするために、広い視野から見た"交通学"への期待は高まるばかりだ。
小島あゆみ サイエンスライター