光沢や明るさが知覚されるしくみを解明
2007年6月28日
NTT コミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究部 感覚運動研究グループ
本吉 勇 研究主任
物の色や明るさ、形、動きをどう知覚するかについては長年研究され、多くの成果が報告されているが、光沢や透明感、金属感といった、いわゆる表面の質感に関する視覚は現在まであまり研究されていない。
一方、これまでの視覚の研究では、実験を単純化するために、光沢のない、マットな実験サンプルを使うことが多かった。しかし、実際の物体はさまざまな光沢や透明感、凹凸を持ち、人間はそれらを知覚して、さらには手触りややわらかさまでも推測することができる。
NTT コミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部間隔運動研究グループの本吉勇研究主任らはこの点に注目して、光沢の知覚を研究、このほどマサチューセッツ工科大学との共同研究で、人間は光沢感を低次レベルの脳機能を使って判断していることを明らかにした。
図の2つの画像サンプルは、画像全体から反射する光の強さを同じに調整してあるが、右側の方が光沢が強い。輝度の分布を調べてヒストグラムに表すと、光沢のある画像は明るい方(1に近い方)になだらかに広がるロングテールを呈するが、マットな画像はヒストグラムが0に近い側に偏り、正規分布に近い形になる。
ここから、本吉氏らは人間はこのヒストグラムの形の歪みを表す歪度(skewness)が大きいほど、光沢があると判断するのではないかと推測。7人の被験者に実験を行った。
本吉氏自身がプラスチックシートの上にアクリル絵の具のペーストを塗りつけ、光沢を出すものにはスプレーをかけて、63のサンプルを作成。それをコンピューターの画像として取り込み、それぞれの表面の物理的な鏡面反射率(光沢度 ) 、拡散反射率(マットな部分の明るさ )を計測した。また、色は白から黒までの6段階、明るさは工業規格として定められている4段階に分けて、実験画面上に提示。光沢は最も強いものと弱いものを示し、その間にあたる指標は被験者各自の基準で決めてもらった。
その結果、画像サンプルの反射率と歪度、視覚の間にそれぞれ相関があり、とくに反射率と視覚よりも、歪度と視覚に強い相関が見られた。
次に光沢の知覚が歪度に依存するならば、歪度を操作した画像では光沢感が変わるかどうかを調べたところ、やはり歪度が高くなると光沢があると感じ、低くなるとマットになると識別することがわかった。
では、網膜から視床の外側膝状帯を経て、大脳皮質の後頭葉にある第一次視覚野、さらにはほかの領域に到達する視覚のプロセスのどこで、光沢を識別しているのか。
本吉氏は、外側膝状体や第一次視覚野で周囲よりも明るいときに強く反応するON中心型神経細胞と、周囲よりも暗いときに強く反応するOFF中心型神経細胞が、明暗だけでなく、光沢のフィルターとしても作用していると考えた。そして、同じものを見続けているとON中心型神経細胞とOFF中心型神経細胞の感度が下がる“順応”による錯視 (質感残効) を用いての実験を行った。
視野の右側にON中心型神経細胞を刺激するような明るい斑点の多い画像、左側にOFF中心型神経細胞を刺激する暗い斑点の多い画像を配置し、被験者は中心にある点を5分間見つめる。この間、残像が出ないように画像の斑点の位置は約1秒ごとに変化する。この順応刺激の後、輝度のヒストグラムを調整した画像が出るテスト刺激を行う。
このような手順を繰り返すうち、被験者には錯視が出現、光沢を間違えて答えることが確認された。これによって、明暗を知覚するON中心型神経細胞とOFF中心型神経細胞の活動が光沢の知覚にも使われていることが明らかになった。「光沢や光沢を演出する明るさは、 低次レベルの脳機能 をうまく使って判断していると考えられる」と本吉氏。
今後は、ボールや立方体のような形が決まった物体の光沢にも歪度との相関があるか、あるいは黒い布の上の白いホコリのような歪度が高い画像でも、人間が明暗の差と光沢を分けて識別できるのはなぜか、といった光沢と別の要素との関連を調べるのが目標だ。
透明感や金属感についても研究中で、すでに画像処理によって、石のような物体が透明に見えたり、金属に見えたりする現象を発見している。
また、人間が質感の識別力をいつから獲得するか、手で触る触覚と視覚はどう関係するか、脳の発達も研究したいと考えている。「凍った道ですべったり、高いところから落ちたりしないよう、人間の視覚は、“外界の構造”にうまく適応して画像を捉えるようにできているのかもしれない」と本吉氏。
油絵を描くのが好きで、そのときに得た知識は研究でも大いに役立っているという。科学と芸術の両面で視覚にこだわる姿勢がもたらす新たな発想に期待が高まる。