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“感受性期”が終わっても大脳皮質の神経細胞は変化する

2010年2月11日

理化学研究所 脳科学総合研究センター 大脳皮質回路可塑性研究チーム
津本 忠治 チームリーダー

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楽器演奏や運動、言語の習得などの一部の脳機能は、生後の一時期に急激に発達し、その後は発達がゆるやかになる、あるいは変化しにくくなる"臨界期(感受性期)"があることが知られている。

感受性期の存在は、1930年代にKonrad Lorenzが発見した"刷り込み"などによって知られるようになった。"刷り込み"は孵化後約8~24時間の鳥(アヒルやハイイロガンなど)が目の前で動くものを親鳥と思い込み、追いかけるようになる現象だ。1960年代には、Torsten WieselとDavid Hubelが仔ネコの片目を一時的に遮蔽すると、大脳皮質視覚野の神経細胞(ニューロン)が遮蔽した目に反応しなくなり、その目は弱視になることを報告している。このような感受性期の片目遮断による弱視はサルやヒトでも起こることが明らかになり、今では8歳くらいまで、とくに3歳までの子どもに眼帯を長くかけさせないことが眼科での常識となっている。

最近、この視覚野の神経細胞の感受性期について、興味深い事実が報告された。マウスの大脳皮質の神経細胞は、グルタミン酸作動性で興奮伝達に関与する神経細胞が約8割、ガンマアミノ酪酸(GABA)作動性で抑制に働く神経細胞が約2割と大別される。このうち抑制性神経細胞は感受性期を過ぎても、遮蔽された片目に対する反応が落ちる=可塑性が残っていることが明らかになったのだ。

この報告を行ったのは理化学研究所脳科学総合研究センター大脳皮質回路可塑性研究チームの津本忠治チームリーダーらの研究グループ。抑制性神経細胞のみを緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識した遺伝子改変マウスに、神経細胞が活動すると蛍光強度が変わる蛍光カルシウム指示薬と、分子に光子2個を吸収させて長い波長で観察する2光子励起走査顕微鏡を組み合わせ、生きたままのマウスの視覚野を観察しながら、光刺激を与える実験を行った。

マウスの視覚野の感受性期は生後19~32日間で、このうち2日の間、片目を遮蔽すると大脳皮質の神経細胞の反応性が変わることが知られている。そこで、津本チームリーダーらは、感受性期にある生後27~29日で右目を2日間遮蔽した群と、感受性期を過ぎた生後50~55日で右目を7日間遮蔽した群、片目遮蔽をしない群の3群に分け、光刺激の反応を記録。感受性期の片眼遮蔽マウスでは興奮性・抑制性神経細胞はともに開いている左目によく反応したのに対し、感受性期を過ぎたマウスでは興奮性神経細胞の多くは遮蔽していた右目にだけよく反応して左目に反応するようにならず、一方、抑制性神経細胞は両眼によく反応していた。つまり、感受性期を過ぎると抑制性神経細胞のみが可塑性を持ち、開いていた左目にもよく反応するように変わったことが明らかになった。

「数年前までは細胞を1個ずつ微小電極で順次記録していたが、このように最先端の方法を組み合わせることで多数の神経細胞を同時に、しかも種類別に観察できるようになった。この結果から抑制性神経細胞には感受性期がなく、皮質回路の反応選択性形成など抑制性神経細胞ならではの役割を発揮できるよう一定の可塑性を持っていると考えられる」(津本チームリーダー)。

今後は、3次元画像が取れるこの方法のメリットを生かし、大脳皮質の6つの層のどこで抑制性神経細胞が反応するのか、また1個1個が別々に働くのか、それともグループとして働くのかを調べていく。

津本チームリーダーは、2001年には神経細胞の形成や発達を促す脳由来神経栄養因子(BDNF :Brain-derived neurotrophic factor)が軸索先端方向に移動し電気活動に応じて軸索末端から放出されることを報告している。そして、2009年末には、富山大学大学院医学薬学研究部ウイルス学教室の白木公康教授らとともに、このBDNFが帯状疱疹の最中や後の痛みと関連していることを突き止めた。「水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による抗体がBDNFの働きを強め、脊髄痛覚系を活性化し、痛みを強くするらしい。予想もしない方向に研究が進んで驚いている」。BDNFは視覚野の可塑性やシナプスの長期増強・抑圧と関連している可能性が高く、さらに研究を進めているところだ。

乳幼児の早期教育の観点からも注目される、津本チームリーダーらの大脳皮質神経回路の研究。今後どんな新たな知見が飛び出すか、期待したい。

小島あゆみ サイエンスライター

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