Nature Careers 特集記事

システムや人、細胞の動的現象を解明する

2010年1月28日

横浜国立大学環境情報研究院・人工環境と情報部門
森下 信 教授

拡大する

「振動や人の流れのような動的現象を理解したい」。横浜国立大学環境情報研究院・人工環境と情報部門の森下信教授の研究は、「動的現象のモデル化」をキーワードに、工学から社会現象、人体、生体細胞にまで広がっている。

森下教授はもともと横浜国立大学と東京大学大学院で振動や摩擦などを研究し、大学院修了後から電場や磁場の強さに応じて流動特性が変わる電気粘性流体(ER流体)や磁気粘性流体(MR流体)を用いて、自動車や工業機械などに使う可変減衰ダンパを開発してきた。1990年代初めにアメリカ留学中にロスアラモス研究所の知人からセルオートマトンに関する情報を得て、以来、研究にセルオートマトンを採り入れた。

セルオートマトンは格子状のセルを設定し、そのセル上に解析対象の離散状態を定義して、近傍のセルとの相互作用を時間を追って計算し、全体の複雑な動きを再現する方法。1940~50年代にアメリカで提案され、多くの因子が相互作用を起こす"複雑系"と呼ばれるシステムの解析やモデル化に向くため、自然現象や社会現象を捉えるのに用いられる。

森下教授は専門であるER流体やMR流体の粒子の分散の動きを探り、その応用研究を行うほか、人の流れなど非線形現象のモデル化などにも利用。人の流れであれば、セルの格子を利用して人の立つ位置を時間を追って表現できる。また、ぶつかれば痛いことを周囲の人がいるパターンとともに記憶させて、衝突を避ける動作も組み入れる。すると自然に人の列が形成される。こうしてシミュレーションを行い、実測値と照らし合わせて調整する。「ただ、セルオートマトンは粒の動きは計算しやすいが、例えば重力加速度のような考慮しにくいものもある。いろいろ使えるが、セルオートマトンの威力を発揮できるものに適用するのが原則」(森下教授)。

これまでにJR東日本の協力を得て駅構内の広告の効果測定をシミュレーションしたほか、大規模商業施設の建設にあたって道路や駐車場の配置を提案するなど、人の流れや行動を研究。また、2007年にはエレベーターを使って建物内を上下したり、各フロアを歩き回ったりする場合の三次元人流シミュレーションシステムを日立製作所と共同開発した(図版参照)。低層階が店舗で、高層階が住居という都市部に多い商業施設では、人の動きが複雑だ。「例えばエレベーターの乗降に関しては、乗る前にはエレベーターに近づき、乗り降りする際に扉の前を空けるなど、一定の心理や動きがあるが、それを乱す人もいる。そのような要素を入れてシミュレーションする。建設前に人の動きをあらかじめ予測することで、通路の広さやエレベーターの運行などを調整でき、快適で経済性の高い建物にすることができる」。

横浜市立大学医学部の客員教授も兼任しており、同大学医学部整形外科とともにバイオメカニクス関連の研究も行っている。骨や軟骨の粘弾性、骨と靱帯との接合強度のシミュレーションモデルを構築して、骨形成に不可欠な重力や振動などの刺激の最適化について探っているところだ。今のところ、骨を作る骨芽細胞や軟骨細胞の増殖を振動によって調整できる可能性が出てきており、骨折の治療法の効率化を目指している。

 "日本のお家芸"ともいえる工学の人材養成にも熱心に取り組む。経済産業省の早期工学人材育成事業の全国7地域の地域コーディネーターのひとりとして、神奈川県内の高校生に出前授業を行い、工学の面白さを伝えている。「高校生には工学を理解する機会が少ない。工学が産業界の基盤技術を支えていることやその魅力をもっと知ってもらいたい」と、これまでに11校を訪問。ジェットエンジンの仕組み、自動車の動きの制御、パソコンや携帯電話の破壊を防ぐ工夫などを若手技術者を前面に立てて紹介してきた。「前後の授業内容も含めて高校と綿密に打ち合わせるので、手間はかかるが、高校生の目の輝きを見られるのはうれしい。若い技術者も仕事に誇りを持てる」とその効用を話す。森下教授はこれからも常に社会とのつながりを意識しながら、研究に教育に取り組んでいく。

小島あゆみ サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度