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脂肪細胞の分化や肥満に関与するエピゲノムのしくみを解明!

2009年11月12日

東京大学 先端科学技術研究センター 代謝医学分野
酒井 寿郎 教授

ヒストンH3の9番目のリジンの脱メチル化を促す酵素遺伝子を欠損したマウスは、太ってメタボリックシンドロームになることがわかった。 | 拡大する

さまざまな生活習慣病の原因とされる肥満。日本人の30~60代男性では、肥満の割合が30%を超えているとする報告もあり、その科学的な解明が急がれている。なかでも注目されるのは内臓脂肪中の脂肪細胞の動態だが、このほど、東京大学 先端科学技術研究センターの酒井寿郎教授は、ある遺伝子のエピゲノム制御が脂肪細胞の分化に深く関与することを突き止め、肥満やインスリン抵抗性をはじめとする生活習慣病の発症の鍵になりうることを明らかにした。

エピゲノムとは、塩基配列によらない遺伝子の制御機構のこと。特定の塩基、DNAを束ねるヒストンなどに化学的な修飾が施される(あるいは修飾が解除される)ことで、遺伝子の発現をオンにする(あるいはオフにする)しくみである。たとえば、特定の塩基のメチル化による遺伝子発現の抑制や、ヒストン(DNAを束ねるタンパク質)のアセチル化による遺伝子発現の促進などが知られている。

肥満には、遺伝的な要因とともに、食生活や生活習慣などの環境要因が深く関与すると考えられている。「私は肥満や生活習慣病がエピゲノムの異常によって引き起こされているのではないかと考え、脂肪細胞の分化を遺伝子レベルで解析しはじめた」と酒井教授。その結果、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化がWntというタンパク質のシグナル解除によって始まること、細胞外からのWntタンパク質による刺激は最終的に核内のβカテニンというタンパク質に渡され、βカテニンが核内受容体(COUP-TF II)の遺伝子調節領域に結合することなどを突き止めた。さらに、COUP-TF IIが脂肪細胞分化のマスターレギュレーターである核内受容体(PPARγ)に結合し、この領域のヒストンのアセチル化を抑制することで脂肪細胞の分化を抑制すること、逆にアセチル化が解除されると分化が開始されることも明らかにした。

ヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のメチル化修飾は、転写抑制のエピゲノムコードとしてはたらくことが知られる。「さらに解析を進めた結果、PPARγのシグナルがH3K9のメチル化酵素の発現を抑制することで特定の遺伝子をオンにし、ヒストン4の20番目のリジン(H4K20)のメチル化を促進ことで、別の特定の遺伝子をオンにしていることを明らかにした」と酒井教授。このとき、H3K9のメチル化は脂肪細胞の分化を抑制する方向にはたらき、H4K20のメチル化は分化を促進する方向にはたらいていたという。

酒井教授は、H3K9のメチル化による脂肪細胞の分化抑制に着目。H3K9のメチル化を解除する脱メチル化酵素遺伝子(JHDM2A)をノックアウトしたマウスによる解析を試みた。「ノックアウトマウスは予想を超える顕著な肥満マウスになり、高脂血症、高インスリン血症などのメタボリック症候群といえる病態を示した」と話す。このようなマウスは、絶食状態で体温維持機能が低下し、夜間の呼吸商(糖質と脂肪の燃焼の比率)が高く、脂肪が燃えにくく貯め込まれやすい状態にあったという。

一連の成果について酒井教授は、「H3K9のメチル化が解除されないと、脂肪細胞の分化を抑制する遺伝子や脂肪貯蔵に抑制的にはたらく遺伝子の発現レベルが低下してしまい、結果として脂肪細胞の分化と肥大化が進み、脂肪を貯め込みやすい状態になるのだろう」と分析。ヒトではJHDM2Aの発現量が低下することによる肥満や生活習慣病のデータはまだないが、JHDM2Aの酵素活性を高めたり、遺伝子の発現量を増やす薬剤の開発が考えられるのではないかとしている。

肥満や生活習慣病が、個別の遺伝子の異常ではなく、エピゲノムの異常によって発症しうることを具体的に明らかにした今回の成果。酒井教授は、「今後の研究によって、エピゲノムの異常がどのような環境要因で引き起こされるのかがわかれば、肥満や生活習慣病の予防や治療につながる『体質の改善薬』の開発が可能なのではないか」とし、さらなる研究の進展を目指している。

西村尚子 サイエンスライター

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