触覚や力覚の伝送・保存・再現を可能にするシステムを開発
2009年10月22日
慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科
桂 誠一郎 専任講師

"モノを触ったときの感触や力の受け具合を離れた場所で感じる"、そんなことが現実になろうとしている。
ヒトの五感の中でも、視覚や聴覚は、出し手からの一方的な情報を目や耳で感じる感覚であり、離れた場所で作られた映像や音声がビデオやDVD、CDなどに保存され、テレビやラジオ、インターネットなどのメディアを通じて伝送・再現されるのは、今や当たり前になっている。だが、触覚や作業の際の力の入れ具合のような力覚は"作用・反作用の法則"に従うため、"双方向性"と"同時性"があるのが特徴で、その情報をメディア化して伝送・保存・再現するのは難しい。
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科の桂誠一郎専任講師はその難題に挑戦し、このほど触覚や力覚を伝送・保存・再現する"モーションコピーシステム"を開発した。モーションコピーシステムは動作を保存するシステムと再現するシステムから成り、アクチュエータを装着した人の動作をデジタル情報化し、代わりに動作する人が装着したアクチュエータや人が触れていないアクチュエータに伝えることができる。
この研究開発は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業技術研究助成事業の一環として行われたもので、下記のURLにモーションコピーシステムの動画が掲載されている。いったん保存したデジタル情報(="録触")によって、誰も動かしていないアクチュエータが動くのは不思議な光景だ。
触覚や力覚を反映させる方法としては、これまで力の制御を行うマスタシステムと位置の制御を担うスレーブシステムの組み合わせによってアクチュエータを動かす方法がよく研究され、遠隔操作や手術などへの応用も進んでいる。しかし、この方法ではマスタとスレーブの1対1対応が基本で、より多数のシステムとの情報共有へと拡張させることは難しい。
また、力をセンサで計測するシステムも開発されているが、センサがない部分は計測できず、センサによる増幅が介在する分だけ、情報にノイズや時間差が発生し、ノイズにフィルタをかけると再現性が落ちやすい。
これらの方法の欠点を補うべく、桂専任講師らは、双方向性を満たすための力の制御と、同時性を満たすための位置制御を実現するために加速度制御を採用、モータに伝わる力を電気信号に変え、その電気信号を別のモータで再現することで、力と位置の情報の伝送・保存・再現を可能にした。「ヒトの触覚や力覚は0~400Hzの周波数を感じる能力があるため、すべての帯域をカバーするにはモータの使用が欠かせない。さらにセンサを使わないので安価」と桂専任講師。また、触覚や力覚を定量化・可視化した"ハプトグラフ"も開発し、触覚や力覚の評価も行っている(図)。
桂専任講師は、同大学の大西公平教授のもとで、システムに入力される外乱情報を推定して相殺する外乱オブザーバの制御理論や、それを基盤とした触覚伝送に関する学理などを学んだ。そして、ラジオ、テレビに続く第3のメディアとして、力覚伝送システム"テレハプト"を提唱。"テレハプト"は"テレ=遠隔"と"ハプト=ギリシャ語の触る"を合わせた造語だ
すでにインターネット経由など時間遅れの存在する場合の力覚伝送にも着手している。「視覚と聴覚に比べ、触覚はタイムラグに敏感で、作用の後にすぐに反作用が返ってこないと違和感がある。今は1秒間に1万回のデータの送受信を行っているが、さらに速くすれば感覚はもっと上がるはず。視覚や聴覚と触覚の融合技術の開発も視野に入れている」。
現在、6軸の情報を制御するハンド型マシン、車椅子などの移動体をプロトタイプとして作成しているが、具体的なアプリケーションの開発はこれから。放送やエンターテイメント、金型の設計・加工や彫刻などの熟練者の技術の保存、顕微鏡下で行うマイクロオペレーションやロボットによる遠隔手術、災害救助などに使えると期待される。「習字の稽古を世界中でできたり、離れた人と腕相撲できたりするとおもしろい。電気自動車に搭載して、路面の凹凸マップを作ることも可能」。
桂専任講師の究極の目標は、"ドラえもん"の"どこでもドア"。近々、ヒューマノイドロボットの開発にも着手する予定で、「五感を持つヒューマノイドロボットとの情報のやりとりで、居ながらにして時間や空間を超越した感覚を得られるようにしたい」と抱負を語っている。
小島あゆみ サイエンスライター