25億年以上前の地球の温室効果ガスを特定
2009年9月24日
東京工業大学 グローバルエッジ研究院
上野 雄一郎 助教

硫化カルボニル(COS)、この聞き慣れないガスが太古の地球の気候を決めていた可能性が高いという興味深い報告が話題を集めている。
発表したのは、東京工業大学グローバルエッジ研究院の上野雄一郎助教らのグループ。上野助教は1996年から鉱物中の元素の同位体を用いて、地球の気候や生態系の変動を調べてきた。2004年には有機炭素の分布と安定同位体の研究から、35億年前の海底下の熱水の付近に生物がいたことを明らかにし、2006年には鉱物中の流体に含まれるメタンの同位体分析から、メタン生成菌の活動を証明、古細菌が35億年以前に存在していたことを報告している。そして、現在、注力しているのが硫黄の安定同位体を用いた古大気や生態系の分析だ。
硫黄成分の一般的な循環プロセスは、火山から二酸化硫黄(SO2)として放出されて、硫酸(SO4)エアロゾルとなり、雨となって、最終的には海で沈殿して、鉱物の中に閉じ込められ、地層にたまる、というもの。硫黄の安定同位体は質量数が32、33、34、36の4種類が存在し、大気や水中では蒸発や凝集といった物理学的な反応や化学反応により、それぞれの量が微妙に変わるが、その変化率には規則性がある"質量依存の法則"が知られている。しかし一方で、大気中の紫外線による光化学反応によって質量依存の法則が破れることもわかっており、そのずれは地層にたまるまで変化しない。
硫黄の安定同位体と古大気の分析がクローズアップされたのは2000年。硫黄の安定同位体4種類全部の分析から、25億年以上前の地層に質量数33の硫黄が異常に凝集していたことが発見されたのがきっかけだった。この異常凝集には大量の紫外線による光化学反応が必要なことから、当時の大気に酸素やオゾンがなかったことが明らかになった。以来、多くの研究者がこの説の実験的な証明に挑んだが、データが安定しなかった。
上野助教はこのころから硫黄の安定同位体に興味を持ち、2004年からコペンハーゲン大学との共同研究で、硫黄の安定同位体の紫外線吸収スペクトルを分析し始めた。そして、紫外線の波長の違いが硫黄の安定同位体の組成変化を起こすことを突き止めた。「とくに二酸化硫黄分子において、紫外線の波長がずれると、反応する同位体が変わった。同位体分子は紫外線に非常に敏感なため、精度を上げないとデータが再現できない。それが、これまで行われていた実験のデータが大きくぶれていた理由」と話す。
質量数33の硫黄は205 nmよりも長い波長で減り、それよりも短い波長では異常凝集を起こすことともわかった。ただ、分光実験では、レーザーによって短波長を当てているが、実際の太陽光は連続光であり、とくに205 nmよりも長い波長の光が多い。そこで、205 nmよりも短い波長領域が残る大気の組成を構築できれば、25億年以上前の大気が類推できるとして、約500種類のガス分子の紫外線吸収スペクトルを調べたところ、硫化カルボニルが浮かび上がった。「硫化カルボニルは現在の大気中で硫黄を含むガスとしては最も多いが、それでも500 ppt(1 pptは1兆分の1%)しかないため、これまでほとんど研究されておらず、私たちも当初実験の対象からはずしていた。分析の結果、地球初期の大気には硫化カルボニルは現在の1万倍も含まれていたと推測される」。
次に上野助教らは、硫化カルボニルの赤外線の吸収について調べた。すると、硫化カルボニルは二酸化炭素の100倍以上も赤外線を吸収することが明らかになった(図)。カール・セーガンによって命名された"暗い太陽のパラドックス"(現在よりも太陽放射が20~30%少なかったにもかかわらず、地球が現在よりも温暖であったこと)は大量の温室効果ガスによると考えられ、二酸化炭素が寄与していたという説が主流だが、上野助教は「強力な温室効果ガスである硫化カルボニルの存在で説明できるかもしれない」と言う。
また、今回の研究を通じて、硫化カルボニルはオゾンと同様、生物のDNAを破壊する紫外線の波長を吸収することもわかった。また、アミノ酸やペプチドが重合してタンパク質を作る反応は脱水反応で、水の中で進むのは難しい一方で、硫化カルボニルはこの反応の触媒となることが知られている。「大気中の豊富な硫化カルボニルが生命の誕生に関わったかもしれない。初期の生物が陸に進出できたのも、大気中に酸素がなくても硫化カルボニルがあれば可能」と上野助教。
上野助教らの当面の研究の目標は硫化カルボニルを定量解析するための方法を確立することで、「そこから地球化学や地質学、生物学などの多くの報告を統合して読んでいきたい。今は古文書はたくさんあるのに、どう読めばいいかわからない状態。硫化カルボニルという手がかりを得て、少し読めるようになった。また新たな読み方を得るために、必要であれば鉱物を取りに行き、分析方法を開発する」と抱負を語る。
硫化カルボニルの研究は世界でも始まったばかり。地球の気候変動、生命の起源や進化にも関わっている可能性はどのくらいあるのか。今後の研究が待たれる。
小島あゆみ サイエンスライター