RNA干渉に必要な「2本鎖のRNAを合成する酵素」をヒトで発見!
2009年10月8日
国立がんセンター研究所 がん性幹細胞研究プロジェクト
増富 健吉 プロジェクトリーダー

遺伝子のなかには、タンパク質をコードしないRNA(non-coding RNA:ncRNA)が、少なからず存在することがわかっている。なかでも注目されるのは、短い二本鎖として機能を果たすmicroRNAやsiRNAとよばれるもの。これらのRNAは、ウイルス感染に対する防御機構、発生や分化、発がんへの関与など、生体内のさまざまな局面で重要な役割を担っていることがわかりつつある。このほど、国立がんセンター研究所 がん性幹細胞研究プロジェクトの増富健吉 プロジェクトリーダー(以下PL)は、RNA干渉の機能を発揮するのに必要な2本鎖のRNAを合成する酵素がヒトにもあることを、はじめて明らかにした。
RNA干渉とは、1本鎖のRNAが最終的に短い2本鎖のRNA断片となることで、特定の遺伝子の発現を強力に抑制する現象。1998年に植物で発見され、真核生物、線虫やショウジョウバエなどのモデル動物などでも相次いでみつかった。作用するのは、いずれも22塩基対程度のRNA断片で、病原微生物やウイルスなどの侵入を核酸のレベルで防いだり、遺伝子の発現調節に関与する機能をもつとされている。その後、ヒトを含むほ乳類でも同じく22塩基対ほどのncRNAがみつかり、遺伝子発現機能の調節、発生・分化の制御といった機能を発揮していることがわかってきた。
RNA干渉の研究モデルとされる植物や線虫などでは、2本鎖のRNAを合成するには「RNA依存性RNAポリメラーゼ」という特殊な酵素が重要であると考えられてきたが、この酵素は、ヒトを含むほ乳類ではみつかっていなかった。がん細胞の親玉ともいえる「がん性幹細胞」の研究をつづける増富PLは、酵母からヒトにまで広く保存されている「RNA 依存性DNAポリメラーゼ(TERT)」という酵素の解析を進める過程で、この酵素がウイルス由来のRNA依存性RNAポリメラーゼの構造とよく似ていることに気が付いた。
RNA依存性RNAポリメラーゼは、RNAを鋳型にして反対向きのRNAを合成する。一方、TERTはRNAを鋳型にして反対向きのDNAを合成(逆転写)する。私たちの体を構成する体細胞においてTERTの発現量はきわめて微量だが、がん細胞や生殖細胞では、TERTがはたらくことで染色体の末端部(テロメア)が合成・保護されることが知られている。
「ヒトの細胞内では、TERTが、ある条件のもとでRNA依存性RNAポリメラーゼとしてはたらいているのかもしれない」。そう考えた増富PLは、ヒトの培養細胞を使ってさまざまな解析をはじめた。「TERTはRNAと安定的に結合することが知られていたので、直感的に『ある条件』とは、結合するRNAの種類なのではないかと推測した」と増富PL。
予想はみごとに的中。ヒト由来の培養細胞中でみられるncRNAのなかにTERTと結びつくものがあるかどうかを生化学的に調べたところ、「RMRP」とよばれる特定のncRNAに結合能があり、結合後にRNA依存性RNAポリメラーゼとしての活性を示すことがわかったのである。「このようにして作られた2本鎖RNAは、テロメアの配列とはまったく異なる22塩基対の配列で、RMRP遺伝子の発現を抑制する作用をもつことも確かめた」と増富PL。同時に、作られた2本鎖が、短い2本鎖のncRNAとしての化学構造をもつこと、ncRNAとしての機能を発揮するための特殊な構造(RISC)に取り込まれることを確認したという
がん細胞では、TERTの発現が過剰に活性化されていることが知られている。増富PLは「今回の結果から考えると、がん細胞では、TERTによるRNA依存性RNAポリメラーゼの活性も異常に亢進している可能性が高い」とコメントし、成果をがん性幹細胞を標的とした新たながん治療に応用することを目指すとしている。一方で、TERTがインフルエンザのRNA依存性RNAポリメラーゼの構造とも似ていることから、新しいインフルエンザ治療薬の開発にも応用できる可能性があるとする。
これまで、ほ乳類細胞にもRNA依存性RNAポリメラーゼが存在するのかどうかが大きな謎だった。今回の成果によって、ほ乳類の2本鎖ncRNAもRNA依存性RNAポリメラーゼによって作られていることが示され、生命現象の新たな基盤の端緒が解明されたことになる。「さらに研究をつづけて、日本発のがん根治療法を確立したい」と話す増富PL。夢の実現に向かって走る日々が続く。
西村尚子 サイエンスライター