ミクログリアがシナプスの検診や除去を行う様子を観察!
2009年9月10日
自然科学研究機構 生理学研究所
鍋倉淳一教授

これまで、記憶や情動、言語などを司る脳の機能といえば、ニューロンが主役で、グリア細胞はニューロンの保持を果たす脇役としか考えられていなかった。ところが、最近になって、グリア細胞が脳機能の保持や制御に重要な役割を果たしていることがわかってきた。自然科学研究機構 生理学研究所の鍋倉淳一教授は、特殊な顕微鏡を使ってグリア細胞の一つであるミクログリアを動物の生体内で観察することに成功し、ミクログリアが「脳内のお医者さん」として機能していることを突き止めた。
「グリア」とは、ギリシャ語で「のり」の意味をあらわす。その形状や機能によって、アストログリア、オリゴデンドログリア、シュワン細胞、ミクログリアに分けられる。ニューロンをもつ生物には必ずみられるが、ヒトでは、ニューロンに対するグリア細胞の存在比が際だって高いことが知られている。
「これまでにもグリア細胞の研究は行われていたが、その多くは、脳から取り出して培養した細胞によるもの。グリア細胞は少し傷ついただけで性質が大きく変わってしまうため、生体内での本来の機能についてはほとんどわかっていなかった」と鍋倉教授。
ところが最近になって、顕微鏡や蛍光技術の改良が進み、生きたままの細胞の挙動や、その中の分子の動きを追えるようになってきた。鍋倉教授はその一つである「2光子レーザー励起顕微鏡」に着目。この顕微鏡は「フェムト秒パルス」という極短く発振するレーザーを用いることで、発熱による障害を防ぐとともに、対物レンズの焦点付近に高い光子密度の領域を作り出す。こうすることで、生体内で、1つの蛍光分子に2つの波長の長い光子を同時にあてて蛍光させ、深部にまで光を到達させることができるとともに非常に高い解像度が得られるようになったという。
鍋倉教授らは、独自の改良を加えた2光子レーザー励起顕微鏡を使って、マウスの脳を頭蓋骨を開けない状態で生きたまま観察した。「脳表面から深さ1ミリの部位にある細胞やシナプス(ニューロンとニューロンの接合部位)を観察できるようになった。マウスの脳の深さ1ミリの構造は、ヒトにたとえると深さ3センチぐらいの部位に値する」と鍋倉教授。
さらに、ミクログリアとシナプスを観察したところ、想像以上に興味深い成果が得られたという。正常な脳では、ミクログリアの突起が、1時間に1回、正確に5分間、シナプスを特異的に接触(観察)していることがわかったというのだ。「その際、ミクログリアはあたかも聴診器をあてるように自身の突起を膨らませて接触していた」と鍋倉教授。接触の頻度は、シナプスの活動がさかんであるほど高く、活動が低下すると頻度も少なくなったという。
一方で、脳内の血流が障害された状態のマウスでも同様の実験を行い、このようなマウスでは、脳の梗塞周辺部位のダメージを受けたシナプスに対して、接触時間が1時間以上と大幅に伸びていることを突き止めた。その様子について鍋倉教授は、「正常とは異なり、あたかもシナプス全体を包み込むような接触だった。この長時間の接触のあとに、シナプスの構造自体が失われるものもあった」とコメントする。
一連の結果から、異常を察知したミクログリアは、通常の検診を精密検診に切り替え、修復不可能と判断したシナプスを除去すると推測される。脳には異物をどん食するマクロファージは存在しないが、ミクログリアは、脳血管関門ができあがる前に脳内に入ってきたマクロファージが由来だとされている。「マクロファージと同じように、ミクログリアも異物の処理を担当し、さらに、正常でも常に脳の中を監視して、異常があればいろいろな方法で脳を修復しているのだろう」と鍋倉教授。
このようなミクログリアによるシナプスの検診や除去のしくみは、ヒトにもあると考えられる。鍋倉教授は「ミクログリアのアクションが正常と障害時で全く異なることを利用して、薬剤の投与など障害を受けたシナプスだけを選択的に治療することが可能かもしれない」と話し、障害を受けた脳でミクログリアによる障害シナプスの除去を促進させることが、シナプスの新生や病態の回復に役立つ可能性についても指摘する。
脳が発達する過程でみられるシナプスの新生や除去にも、グリアが関与していると考える鍋倉教授。「今後は、ミクログリアがシナプスの何を指標として監視しているのか、発達期や障害時にはそのマーカーがどのように変化しているのかなどを調べ、脳の回路がどのようなしくみで再編をおこすのかを明らかにしたい」と意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター