古くて新しい膜タンパク質研究
2007年6月28日
再注目される膜タンパク質

私たちの細胞は、例外なく、脂質からなる二重膜によって外界と厳密に隔てられており、外界とのやりとりは、すべて膜を介して行われている。なかでも、細胞膜を貫通している、あるいは膜に結合している「膜タンパク質」は、細胞が必要とする分子の取り込みやシグナル伝達を一手に引き受けている。
膜タンパク質の重要性は1970年代から認識されており、機能については生化学的な手法を用いた研究が進められてきた。一方、構造についての解析は、大きな遅れをとっていた。というのは、X線、電子線、放射光、NMR(核磁気共鳴装置)などを利用してタンパク質中の各分子の位置や種類、数などを測定し、その構造を予測するには、大量のタンパク質試料を水に溶かし出して精製し、純度の高い結晶にする必要があるが、膜タンパク質の結晶化は一般的なタンパク質(可溶化タンパク質)のように簡単にはいかないからである。膜タンパク質は、複数のタンパク質、糖鎖、脂質などからなる複合体を形成しており、しかも疎水性の細胞膜に埋まっていることが多いため、構造と活性を保ったまま大量に精製し、かつ、丸ごと水に溶かし出すことが非常に難しいのだ。
ところが、ごく最近、以下のような要因により、構造解析にも進展がみられるようになってきた。ヒトを含む様々な生物種のゲノムデータが蓄積され、目的のタンパク質を大腸菌や酵母などの微生物に作らせたり、昆虫細胞を使った系、細胞を使わない系で合成できるようになってきたこと。膜タンパク質を溶かして取り出すために必要な界面活性剤の改良が進んだこと。最新鋭の観測施設が作られたこと、などである。
膜ドメインとしての機能
すでに述べたとおり、膜タンパク質は細胞膜を貫通、あるいは、その表面に結合しているタンパク質で、内部に脂質を内包していたり、糖鎖修飾を受けていたりと、きわめて複雑な構造をしている。「膜タンパク質は、脂質と相互作用しながら必要な時に、膜の特定部位に集まって機能し、機能を果たすと、また膜内に拡散する。こうしたダイナミクスこそが、膜タンパク質の最大の特徴だろう」。東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系教授の村田昌之博士は、そう話す。
以前より、電子顕微鏡を用いて細胞膜の中や裏側に粒状のもやもやしたものが観察されていたが、やがて、それらがタンパク質であることが突き止められた。さらに、それらは、膜に埋まっている「内在性膜タンパク質」と、膜界面に結合している「表在性膜タンパク質」に分けられるようになった。前者にはカリウムイオンや水素イオンなどの通り道となる「チャネル」や特定の分子と結合することでシグナル伝達を担う「受容体」が含まれ、大半が分子量数万以上の大きなタンパク質である。なかには、膜を7回貫通しているもの(Gタンパク質共役型受容体:GPCR)も知られている。後者は膜の裏側を支える比較的小さなタンパク質で、「裏打ちタンパク質」ともよばれている。
このようにして存在が明らかになった膜タンパク質であるが、1980年代頃からは、「3次元の流動性を示す膜輸送」や「膜内での2次元のドメイン化(ドメインとは、部分構造の意味)」と、細胞機能との関わりが重要視されはじめ、細胞膜の内部や界面での膜タンパク質について、脂質成分までを含めた機能解析が進められるようになった。
先行した機能の解明
現在は、膜ドメインの大きさや寿命、構成成分の違いによって、細胞膜にさまざまな機能がもたらされることが明らかにされており、とくに「ラフト(いかだの意味)」とよばれる膜ドメインに注目が集まっている。ラフトモデルは、ヨーロッパ分子生物学研究所(ドイツ)のカイ・シモンズ博士らが1997年に提唱したもの。細胞膜上の特殊な脂質(スフィンゴ脂質とコレステロール)に富む領域に受容体などのタンパク質が集積してラフトを形成し、そこに情報伝達分子が集まって局在することで、シグナル伝達などの機能が発揮されるとするモデルである。ラフトは静的な構造ではなく、必要に応じて移動・形成・消滅し、その寿命や局在する分子の種類と量を変えることで、情報の強度や流れを制御していることも明らかされてきており、ラフトに集まる膜タンパク質は機能解析のみならず、構造解析のターゲットにもなっている。
1987年、京都大学理学部生物物理学教室の大学院生だった村田博士は、インフルエンザウイルスの膜が感染先の細胞の膜に融合するための鍵をにぎるHAタンパク質の機能解析を行うことから、膜タンパク質の研究を始めた。HAタンパク質は1981年に膜タンパク質として世界ではじめて結晶構造解析された(ただし、解析されたのは膜融合活性のない中性の環境下のもの)が、村田博士は、HAタンパク質中のわずか20個のアミノ酸からなるペプチドがウイルスの膜融合に重要な領域であることを明らかにした1。「問題のペプチド領域はpH7の状態ではHAタンパク質の内部にある。ところが酸性になると、HAタンパク質が大きく構造変化し、ペプチド領域が表面に現れ、感染先の細胞膜へ侵入する。このことが膜融合のトリガーになることを突き止めた」と村田博士。
その後、村田博士はシモンズ博士の研究室に留学し、神経細胞や上皮細胞にみられる膜タンパク質の細胞内輸送とラフトとの関連について研究し、カリフォルニア大バークレー校のランディー・シェックマン博士の研究室に移った。「奇しくも両博士に、これからは膜タンパク質と脂質といった相互作用を細胞内で解析することに目をむけるべきだとアドバイスされた。その後は一貫して、細胞膜と膜タンパク質の細胞内における機能解析法を光学顕微鏡を使って模索している」。村田博士は、現在の研究に至る経緯をそう話す。
構造解析の高いハードル
一方の構造については、「構造決定される膜タンパク質は、数年に1個たらず」という不毛の時代が続いた。しかも、それらの膜タンパク質はほとんどが細菌などの原核生物、ミトコンドリアや葉緑体由来のもので、ほ乳類やヒトなどの高等生物の膜タンパク質には歯が立たない状況だった。
その主な理由について、イギリス、インペリアル・カレッジ・ロンドン分子生命学科教授の岩田 想博士は「原核生物と真核生物とでは細胞膜にタンパク質を発現させるしくみが全く異なるために真核生物の膜タンパク質を大腸菌などに発現させることが難しかったことと、原核生物・真核生物を問わず、試料を得られたとしても、精製の過程で膜タンパク質の正しい構造と活性を保つのが難しかったことがあげられる」と分析する。
岩田博士は、1988~1991年の東京大学農学部在籍中に、高エネルギー物理学研究所(現在の高エネルギー加速器研究機構、高エネ研)、放射光実験施設でタンパク質の構造変換に関する研究をしつつ、ユーザーのデータ測定の手伝いをしていた。「高エネ研には世界中からユーザーが訪れ、リボソームなど最先端のタンパク質構造解析を行っていたが、自分でもそのような挑戦的な構造解析してみたいと思った」と岩田博士。解析ターゲットとして、候補として考えた膜タンパク質、ウイルス、リボソームのなかから、最も多様性に富み、機能的にも興味深いと思われる膜タンパク質を選び出した。
1980~1990年ごろは、ようやく訪れた「膜タンパク質構造解析の黎明期」といえる時代で、天然に豊富に存在する試料を対象にした解析が始まっていた。日本の研究レベルはきわめて高く、なかでも京都大学大学院理学研究科の藤吉好則博士は、電子顕微鏡により、少ない電子線照射量で焦点を正確に試料に合わせる装置を開発し、さらに、タンパク質を約マイナス269度Cに冷やすことで分子の損傷を大幅に減らす技術を見いだすなど、優れた成果を上げていた。藤吉博士はみずからが完成させた極低温電子顕微鏡や急速凍結氷包法などを用いて、現在までに、光合成に関わるタンパク質(ソラマメ由来)、光エネルギーを用いてプロトンを細胞内から外に押し出す機能を担うロドプシン(バクテリア由来)、「アクアポリン」とよばれる水のチャネル(ヒト由来)、神経伝達物質であるアセチルコリンの受容体(電気エイ由来)などの構造を次々に解明し、電子線による結晶構造解析に貢献し続けている。
一方、1998年には、大阪大学蛋白質研究所物理構造部門教授の月原富武博士らが、酸素呼吸を行う際に重要なシトクローム酸化酵素(ウシ心臓由来)のX線構造解析に成功し、その活性中心にエネルギー源である水素イオン、酸素、電子が入ってくる経路と、生成された水が出ていく経路を特定した。さらに2002年には、東京大学分子生物学研究所教授の豊島 近博士らが、カルシウムポンプ(ウサギ由来)を放射光によって解析し、ポンプ機能を担う膜タンパク質のイオン運搬機構を解明することに世界ではじめて成功した。
構造解析の最前線
こうした状況の下、岩田博士はドイツのマックスプランク研究所生物物理学研究所でポスドクとして呼吸鎖に関連する酵素の構造解析を始め、まず、1996年にシトクロム酸化酵素(細菌パラコッカス由来)の解析に成功した。続いて、スウェーデンのウプサラ大学生化学科にてシトクロムbc1複合体(ウシ心筋ミトコンドリア菌由来)の全サブユニットを、現職のインペリアルカレッジにてギ酸とコハク酸の脱水素酵素(大腸菌由来)の構造を解明した2。さらに2003年には、糖の輸送体としては世界ではじめて、ラクトース輸送体酵素(大腸菌由来)の構造解析にも成功し3、2004年には植物が葉緑体中で酸素を発生させる際に重要な光化学系「複合体の構造を決定し、光によって水が分解され、酸素と水素イオン、電子が発生するメカニズムを解明した4。
「私の研究の特徴は、複数種の膜タンパク質をターゲットにし、解析技術も合わせて開発してきた点にある」と話す岩田博士は、膜タンパク質を結晶化させる際にタンパク質どうしを結合させる「のり」の役目を果たす抗体を用いる手法や、難易度の高い真核生物の膜タンパク質遺伝子を2種類の酵母に導入して発現させる系などを独自に開発している。
2005年からは科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)の一つとして、「岩田ヒト膜受容体構造プロジェクト」の研究統括にも着任し、現在は月の半分をロンドンで、残りを川崎市に作られたERATOの研究拠点で過ごしている。「ERATOのプロジェクトは創薬に直結するような応用研究。ターゲットをヒトの膜タンパク質に特化し、GPCRなどを解析する予定だ」と岩田博士。プロジェクトは中盤を迎えるところだが、現在は、酵母にヒトの膜タンパク質を効率よく発現させる系を開発している段階にあり、「あらかじめ糖鎖修飾に関する塩基配列を削った遺伝子を全合成するなどの工夫をしている」と話す。さらに、1年以内に100種以上の受容体を対象に発現可能なものを網羅的に選び出し、今年からイギリスのオックスフォードシャーで稼働が始まった新放射光施設ダイヤモンドを利用して構造解析を行いたいとしている。
世界に目を向けると、2002年以降に構造解析された膜タンパク質の数は、指数関数的に伸び始めている。例えば、2005年にはアメリカ、ロックフェラー大学のロッドリック・マキーノンが脳のカリウムチャネル(ラット由来)を酵母に発現させ、その構造解析に成功している5。
こうした成果は、測定施設の充実、界面活性剤の改良、発現系の改良といった解析技術の進展とともに、各国が国をあげてタンパク質の構造解析に乗り出した結果であるといえる。同時に国の枠を超えた議論も行われ、「タンパク質の立体構造の全体像を把握する第一歩として、ドメインのうちの約1万の解析が必要で、同時に、解析技術の開発も必須である」との統一見解が得られた。
その結果、日本では、2002年に「タンパク3000プロジェクト」が立ち上げられ、3000の重要なタンパク質の構造と機能を明らかにすべく、技術開発と解析が同時に進められ、2007年3月に終了した(総費用578億円)。同様のプロジェクトを世界に先がけて進めたアメリカの第一期分(5年間)解析数が約1300であることを考えると、日本が世界に与えたインパクト大きいといえる。
ただし、タンパク3000プロジェクトに対しては、「技術が完全に確立されていないなかで、構造解析がうまくいくのか。重要度というよりも、とりあえずうまくいきそうなタンパク質から解析しているにすぎないのではないか」といった声も上がった。これに対し同プロジェクトを牽引してきた理化学研究所構造プロテオミクス研究推進本部副本部長の横山茂之博士は「技術開発と構造解析は表裏一体。タンパク質は実に多様で、重要なタンパク質のなかには、開始した時点の技術で解析が容易なものは非常に少なかった。難しくても構造解析を進めるなかで、問題点を突き止め、実戦で役立つような技術開発を進めた」とコメントし、さらに「後半は、医学や薬学分野で重要なヒトの複合体や膜タンパク質などの解析のための技術開発に力を入れた」と述べている。
横山博士らは、理研播磨研究所と日本原子力研究開発機構が共同で建設した大型放射光施設SPring-8のビームラインと、横浜研究所に設置された40台以上のNMR装置を用いて、2500以上の構造を決定した(論文執筆中)。そのなかには、3つの膜タンパク質(多数回膜貫通型)の構造も含まれており、新興・再興感染症ウイルスのタンパク質など、創薬につながりつつあるものもあるという。
膜タンパク質研究の応用

ゲノム配列からはタンパク質の3分の1から2分の1が膜タンパク質だと推定されている。この数値は、膜タンパク質が、いかに健康や疾患、創薬に深く関わっているかを示唆しているが、岩田博士は「今のところ、ヒトの膜タンパク質については、それと似た構造が別の生物によって明らかにされたものが約120種あるにすぎず、そのうち、真核生物を対象にしたものは10種に満たない」とコメントし、ERATOプロジェクトの残りの4年半で年間5個程度は、ヒトの膜タンパク質の構造を決めたいとしている。
一方、生物物理学的なアプローチで機能解析を進める村田博士は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)プロジェクトの一環として「セミインタクト細胞アッセイ」という独自の細胞機能解析法を開発し6、アルツハイマーや動脈硬化などに関わる膜タンパク質の解析結果を新薬の開発につなげたいと考えている。「この手法は、細胞の形質膜に穴をあけ、細胞質をすべて取り除いたうえで、別の細胞由来の細胞質と入れ換える技術。細胞質に依存して機能するタンパク質などの挙動を、細胞を試験管に見立てて解析できる」と村田博士。たとえば、正常細胞の細胞質をがん細胞の細胞質と入れ替えると、遺伝子発現やタンパク質のふるまいががん細胞と同じようになるという。すでに、脂肪細胞様の細胞など、さまざまな種類の細胞でセミインタクト細胞アッセイチップが完成しており、ハイスループットな解析が可能になっている。
膜タンパク質研究のありかた
日本の膜タンパク質研究のレベルはきわめて高いが、一方で「各研究者がバラバラに研究を進めている」との指摘もある。文部科学省ではタンパク3000プロジェクトに次ぐものとして「ターゲットタンパク研究プログラム」(初年度予算55億円)を立ち上げようとしているが、ここでは、生命現象の基盤となるタンパク質や、医学・薬学・環境・食品などの分野において応用が期待されるタンパク質の具体的な研究が広く一般から公募され、理化学研究所も一研究組織として公募に応じている。
また、このプログラムでは、タンパク質の構造解析と並行して、生産技術や解析・制御技術の開発と改良、得られた情報を集約するためのプラットホーム整備も進められるという。構造決定後の創薬には、何万という化合物によるハイスループットなスクリーニングが必要だが、日本には公的な化合物ライブラリーがなく、従来から問題視されてきた。こうした新たな試みが実りあるものになるかどうかは、多岐に渡る研究機関と研究者を束ねる文部科学省の手腕による部分が多いが、もし順調にいけば、数は多くないものの一部の研究者たちが一貫して続けてきた優れた研究と、最近になってもたらされた技術や情報が統合され、さらに国家レベルの化合物ライブラリーがはじめて誕生することになる。
膜タンパク質のみならず、日本のタンパク質研究はどのような方向に向かうのか。将来、研究成果の恩恵を受ける私たちが、各自の目で見守りたい。
西村尚子 サイエンスライター
参考文献
- Murata, M., et al. J. Biochem. 102, 957-62, 1987
- Iwata, S., et al. Science 281, 64-71, 1998
- Abramson, J. et al. Science 301, 610-615, 2003
- Ferreira, K.N., et al. Science 303, 1831-1838, 2004
- Long SB, Campbell EB, Mackinnon R. Science 309, 897-903, 2005
- Kano, F., et al. J.Cell Biol., 149, 357-368.2000