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あらゆるインフルエンザウイルスに共通する増殖のしくみを解明!

2009年7月9日

筑波大学大学院人間総合科学研究科
永田 恭介 教授

世界中で猛威をふるう、豚由来の新型インフルエンザ。6月11日には、ついにWHO(世界保健機関)による警戒レベルがフェーズ6に引き上げられた。7月3日現在、感染が確認された患者は世界で約9万人、日本で1852人(日本は7月7日現在)に上っている。たまたま病原性がそれほど高くなかったものの、これが強毒のH5N1型トリインフルエンザだったらと思うと、背筋が冷たくなる。そんななか、筑波大学大学院人間総合科学研究科の永田恭介教授と横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の朴三用准教授らの共同研究グループは、ヒトのH1N1インフルエンザウイルスを使って、ウイルスが増殖する基本的なしくみの一部を解明。そのしくみを阻害する新薬ができれば、ウイルスの変異に強く、新型インフルエンザウイルスを含むあらゆるタイプのインフルエンザウイルスで効果を期待できるという。

インフルエンザウイルスはA、B、Cの3タイプに分けられるが、新型の出現が危惧されているのはA型のみ。今回のブタ由来の新型ウイルスは、A型のうちH1N1の亜型に分類されるものだった。A 型ウイルスのゲノムは、2本鎖のDNAではなく1本鎖のRNA。そのRNAは、各々種類の違う8本のRNA分節に分かれている。ウイルスが感染先の細胞に侵入すると、ゲノムRNAが核内へと入る。ウイルスのRNAはそこでコピーされ、細胞質内において、ゲノムから読み出されたウイルスmRNAをもとにウイルスのパーツが合成される。それらは集合し、新たなウイルス粒子として細胞膜を被って飛び出す。

8本のRNA分節のなかに、ウイルスゲノムの増幅に関わる「ウイルスRNA依存性RNAポリメラーゼ」とよばれるタンパク質を作り出す情報もコードされている。このポリメラーゼはPB1、PB2、PAという3つのサブユニットからなり、3つすべてが揃ってはじめて機能が発揮される。今回、永田教授と朴准教授らはこの点に注目し、結晶化したRNAポリメラーゼを用いて、PB1(N末端領域)とPB2(C末端領域)の結合部位のX線構造解析を行った。その結果、PB1とPB2はそれぞれ3本のαへリックスで構成されており、PB2の一つのヘリックスにPB1の3つのへリックスが覆い被さるような形で結合していることを突き止めた。

この成果について永田教授は「これまでは個々のサブユニットの部分的な構造しか明らかにできていなかったが、今回はじめてサブユニット間の構造が明らかとなり、全体像にせまることができた。しかも、今回明らかになった結合様式は非常にめずらしいものだった」とコメントする。さらに解析を進めたところ、高病原性のH5N1型トリインフルエンザウイルスや、今回のH1N1型ブタインフルエンザウイルスを含む、ほとんどすべてのウイルスで、PB1とPB2の結合部位の構造が同じであることもわかったという。

つづいて永田教授らは、結合部位の構造をもとにアミノ酸配列を同定し、その配列にわずかでも変異が入ると、ポリメラーゼとしての活性が著しく低下することを突き止めた。「今回の解析は、サブユニットの結合を阻害するような新しい抗インフルエンザウイルス薬の開発につなげるのが目的の一つ。我々の共同研究グループは、もう一つのサブユニット結合部位であるPAとPB1の構造についても解明しており、こちらもほとんどすべてのインフルエンザウイルスで共通していることがわかった」。

「RNAポリメラーゼのどこか1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置き換わる変異が入るだけで活性が著しく低下する」という事実は、この部位が変異を許さない重要な部分であることを示している。つまり、これらのサブユニット間の結合部位をターゲットにすれば、あらゆるインフルエンザウイルスに有効な新薬になる可能性が高く、これらの結合部位に変異が入ったウイルスは自ら淘汰されてしまうため、遺伝子の変異が入りにくいことを強力に示唆している。

「現在の技術では、最初から結合部位にはまる化合物を設計することは困難。まずはライブラリー化されている既知の化合物の中から、結合部位にフィットするものを探し、薬の候補として最適化していく必要があるだろう」と永田教授。うまくいけば、タミフルやアマンタジンなどの抗インフルエンザ薬とは全く異なる作用メカニズムをもつ新薬が登場することになる。もはや、一刻の猶予もない。産学官が一丸となった体制作りが望まれる。

西村尚子 サイエンスライター

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