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革新的な製造法で有機分子を超高速濾過できる多孔膜を開発

2009年6月25日

独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノ有機センター
一ノ瀬 泉 センター長

フェリチンが並んだ膜厚60 nmの多孔膜の電子顕微鏡写真。フェリチンは直径12 nmでフェリチン分子の間を水は通過できるが、1.5 nm以上の分子は通過できない。 | 拡大する

1.5 nm程度の有機分子を超高速で除去できる多孔膜が開発され、浄水や医療分野への応用に期待が高まっている。

この多孔膜を作ったのは、独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノ有機センター 一ノ瀬泉センター長(機能膜グループ グループリーダー)、機能膜グループのX. Peng研究員、同機構・計算科学センター第1原理物性グループのメンバーら。研究の一部は、一ノ瀬センター長が領域研究代表者を務める、独立行政法人科学技術振興機構CREST(戦略的創造研究推進事業)「ナノ界面技術の基盤構築」領域の研究課題「界面ナノ細孔での液体の巨視的物性の解明」の成果だ。

多孔膜を利用した水の処理速度は、膜の厚みに反比例する。つまり、膜が薄いほど、水の処理効率は上がるということだ。一ノ瀬センター長らが作製した多孔膜の厚みは30~100 nmで、膜厚60 nmでは1バールの圧力で1  m2あたり1時間に6000Lの速度で有機色素のプロトポルフィリンを濃縮できる。処理速度は現在市販されているナノサイズの孔を持つ膜(限外濾過膜など)の1000倍以上となった。大きな圧力をかけなくても高い濾過速度が得られ、また吸着ではなく、分子をはじく膜であるため、メンテナンスが楽というメリットもある。

この膜の製造のベースになっているのは、2003年に一ノ瀬センター長が水中の巨大なカチオンであるナノストランドを発見したこと。「カーボンナノチューブの研究論文でフラーレンの中にガドリニウム原子1個が写っていた電子顕微鏡の写真を見て感動した。原子1個を見るのは難しいが、クラスターを作れば数個の単位で見えるのではないかと考えた。それで、ガドリニウム塩の希薄な水溶液の中に極薄いアルカリ溶液をいろんな濃度で入れてみたら、界面活性剤のひも状ミセルに似たファイバー状の物質ができた」。その後、さまざまな金属塩の水溶液で実験し、電子顕微鏡による結晶構造解析などを行って、金属イオンが中和される前に巨大カチオンとなることを世界で初めて証明、ナノストランドと名づけた。そして、カドミウムや銅、亜鉛の硝酸塩では常温でpH7の中性付近でこの現象が再現できること、例えば硝酸カドミウムのナノストランドでは表面のカドミウムの約3分の1が荷電していることも確かめた。

ナノ薄膜の製造技術としては、一層ずつ基板上にポリマーの層を積み重ねるレイヤー・バイ・レイヤー法、基板上に塗布した材料を高速回転による遠心力を使って広げて吸着させるスピンコート法などがあるが、一ノ瀬センター長らが作りだした膜の製造法は全く異なる。硝酸カドミウム、水、アルカリ溶液を混ぜて表面電荷を持つナノストランドを作りだし、そこに負の電荷を持つタンパク質のフェリチンを混ぜ合わせ、濾過して析出させる。そうすると、およそ2 nmの孔を持つ不織布状の自立膜ができる。紙漉きに似たシンプルな方法だ。そして、フェリチンをグルタルアルデヒドで架橋して、酸で洗浄し、この膜をはがして数十 μmの孔を持つ陽極酸化アルミナ膜などの基板に貼り付ける。これで膜はナイロンと同じぐらいの硬さになり、圧力をかけても変形しない。

グルコースオキシターゼやP450(チトクローム)など試薬として使われている数十種類のタンパク質を試し、その中からフェリチンを選んだのは、フェリチンが中に鉄を含み、電子顕微鏡での解析において、どこにどんな状態で存在するのかが見えるため。また、直径12 nmの球状で、水の流路の直径や曲がり具合、表面構造なども分析しやすい。さらに、肝臓など動物の内臓に多いタンパク質で精製が簡単であり、食肉加工の廃棄物から採れることも理由だ。試薬級のフェリチンでも1gが95ドル程度で入手でき、1  m2の製造コストは800円程度になる。これは、市販品の約2倍となり、性能が1000倍以上になるならば、コストパフォーマンスはよい。

タンパク質の表面は水を吸着する性質を持つのに、なぜ速く水が通過するのか。一ノ瀬センター長らは、水分子の吸着・脱着の速さや水の粘性などについてシミュレーションし、実験結果と比較した。「時間平均では確かに吸着するが、分子の動きは流れのスピードより数万倍速いため、吸着していてもしていないのとほとんど変わらない」と一ノ瀬センター長。

計算上、膜厚60 nmでは実効膜厚が5.8 nmとなり、水が感じる膜厚は実際の膜厚の約10分の1となった。細部を見ると、最も抵抗が高いと考えられる3つのフェリチン分子にはさまれた空間の直径が1.7~2.2 nmとなっており、ここで比較的大きな有機分子が濾過され、0.25 nmの水分子はほぼ素通りすると考えられる。

また、「ハーゲン・ポアズイユの式」(単位時間に通過する液体の体積を表面空隙率、細孔の半径、圧力差、液体の粘度、流路長から計算する式)が、バルクの水の世界と同様、ナノスケールの世界でも成り立つことも実証できた。

この多孔膜は、地下水や河川の水からウイルスや農薬などの有害物質を除去する浄水用に使える可能性が高く、また、人工透析膜など医療用の用途も考えられる。ただ、カドミウムや銅は人体や環境への影響も懸念され、法的な規制もあるため、「実際の応用には比較的安全な金属として知られる亜鉛を利用する予定」と一ノ瀬センター長は話す。

現在、世界のさまざまな研究から、1 nmより小さい空間の内部では水の状態や運動性がバルクとは異なることがわかってきている。一ノ瀬センター長もナノスケールの水の振る舞いの追究、そして研究成果の実用化を目指し、今後も研究を続けていく。

小島あゆみ サイエンスライター

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