妬みや他人の不幸を喜ぶ感情を脳機能イメージングで可視化
2009年5月28日
独立行政法人 放射線医学総合研究所
分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究グループ
高橋 英彦 主任研究員

妬みの感情に関する脳活動が高い人ほど、“他人の不幸は蜜の味”と感じる脳活動も活発―――こんな興味深い脳科学の研究結果が最近発表された。
研究を行ったのは、独立行政法人 放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究グループの高橋英彦主任研究員らで、東京医科歯科大学保健衛生学科、日本医科大学精神神経科、慶應義塾大学精神神経科との共同研究だ。
研究では、健康な大学生19名にあらかじめ本人が主人公であるシナリオを読んでもらい、そのときあらわれる感情の評定と、神経細胞の活動に伴う血流動態を調べる機能的核磁気共鳴画像法(fMRI :functional magnetic resonance imaging)による脳活動の解析を行った。
シナリオは高橋主任研究員らのオリジナルで、今回の被験者とは別の集団で妥当性を確認している。主人公は被験者自身で、学業成績や経済状況などが平均的と仮定し、「同性で、進路や人生の目標や趣味が共通、自分よりも成績や所有している自動車、異性からの人気が上」の学生A、「異性で、進路や人生の目標や趣味が全く異なり、自分よりも成績や所有している自動車、異性からの人気が上」の学生B、「異性で、進路や人生の目標や趣味が全く異なり、成績、自動車、異性からの人気が自分と同等」の学生Cの3人も登場する。
最初の実験では、学生ABCの成功と自分の失敗のシナリオを読んでもらい、被験者の学生にそれぞれに対しての妬みの強さを6段階で評定してもらった。するとABCの順に妬みが強く、大脳皮質の前部帯状回が学生Aに対して最も強く活動していた。また、妬みの強い被験者ほど、その活動は高かった。前部帯状回は認知や情動、痛みや葛藤の処理に関わる部位だ。
続いて行った、学生AとCに“自動車のトラブル”や“恋人の浮気”“カンニングの疑いをかけられた”“食中毒”といった不幸が起こるシナリオを読む実験では、学生Aに対しては中等度のうれしさがあり、大脳基底核の線条体が活動するのに対し、学生Cに対しては、うれしさも線条体の活動もあらわれなかった。また、うれしさの強い被験者ほど線条体の活動は高かった(図)。線条体は運動機能に関わるほか、心地よさや意志決定など報酬系の情動や認知にも関係が深いとされる。
さらに、この2つの実験から、妬みと他人の不幸に関する脳の活動の相関を見ると、妬みに関わる前部帯状回の活動が活発な被験者ほど、他人の不幸に関する線条体の活動が高かった。
高橋英彦主任研究員は、「妬みが強い人ほど、相手に不幸が訪れると心地よく感じ、劣等感のような“心の痛み”を緩和している。今回、妬みが身体の痛みと同じ前部帯状回と関わることが明らかになり、“心の痛みは身体の痛みとオーバーラップする”という心理学などの先行研究を裏付ける結果となった。また、妬みは相手と自身との関連によって変化することもわかった」と解説する。
妬みや“他人の不幸は蜜の味”という感情は、向上心や切磋琢磨につながる一方、このような感情から他人の足を引っ張ろうと事件や犯罪を起こす人もいる。精神科医で、現在も週1回診療している高橋主任研究員は「妬みのマネジメントは個人や集団の心理的安定に重要」とし、今回の研究を職場のメンタルヘルスや心身に痛みを持っている人のケア、心の痛みが引き起こす問題行動の予防などにつなげられればと考えている。
有望視しているのが、現状を認知し、思考や行動を変えることで治療する認知療法への応用。とくに自分の脳波のパターンから心理状態を知り、リラックスする、ほかのことを考えるといった思考や行動の変化によって、意識をコントロールするバイオフィードバック法に使えそうだという。「現在のバイオフィードバック法で用いる脳波は脳の表面の活動しか反映できず、情動や痛みのコントロールは難しいが、脳の一部の活動のみを可視化し、数秒遅れで心理状態を反映できるリアルタイムfMRIを使えば、慢性疼痛や心の痛みの強い人の治療に使えるかもしれない」。
また、線条体に多く、報酬系を支配する神経伝達物質のひとつであるドーパミンの分泌の量やタイミングをポジトロン断層撮像法 (PET:positron emission tomography)で測定し、fMRIと組み合わせることで、うつや統合失調症などの薬物療法の効果の判定や新薬の開発に使える可能性もある。
「感情や情動、道徳観やモラルと意志決定に関する脳のメカニズムを解明したい」と話す高橋主任研究員は、経済学や心理学のような人文科学系の研究とのコラボレーションも視野に入れる。「人は見た目やブランドで物を買うし、宝くじや自動車保険といった、期待値から考えれば非合理的な損な出費をする。経済学や心理学と組み合わせたニューロマーケティングやニューロエコノミクス、投票行動に関するニューロポリティックスなどがホットな研究分野になっている。日常生活の意志決定における情動の役割もPETやfMRIで調べてみたい」。精神医学から社会科学まで広い応用範囲が期待できる、高橋主任研究員らの研究の今後の展開が楽しみだ。
小島あゆみ サイエンスライター