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シナプスの生後発達、脳の部位によって異なることを発見!

2009年5月14日

大阪大学大学院生命機能研究科
藤田 一郎 教授

錐体細胞の樹状突起の可視化神経細胞の核をDAPIという色素で可視化し、そこにルシファーイエローという蛍光色素を注入することで樹状突起全体を可視化。さらにDAB法という方法により、蛍光色素の部分を永久染色して標本にした。 | 拡大する

生体の司令塔ともいえる脳。その精密な神経回路は、神経細胞が「シナプス」とよばれる接合部を作り、互いに連結することで構築される。ヒトなどの高等生物では、誕生時の神経回路は未成熟で、成長過程に新たなシナプスを作り出したり、不要なシナプスを排除することで完成されることが知られている。このたび、大阪大学大学院生命機能研究科の藤田一郎教授は、シナプスについて、誕生時の数、成長過程での新生と減少の度合い、成体になってからの数が、脳の部位によって異なっていることを明らかにした。

ヒトの脳は1000億個以上の神経細胞からなり、それぞれの神経細胞が数百から数万ものシナプスをもつことで、互いに情報のやりとりをしている。このとき、シナプス結合の相手、数、強さは、脳の機能に応じて厳密に制御されている。シナプスの新生や排除(刈り込みという)は幼小時に最も顕著で、そのしくみを理解することは、脳神経回路の制御や先天的な脳機能障害の解明につながるものと期待されている。

藤田教授は、ヒトと同様に生後の成長期において高い知能、感覚、運動能力を発達させるサルを用いて、シナプスの新生と刈り込みの過程を調べた。対象は、入手できた最も若い生後2日、シナプスの新生と刈り込みの感受性が高い3週、新生はピークだがある種のシナプスでは感受性がなくなる3.5か月、その倍の時期を経た7か月、若い成体である18か月、成体の4歳半の各個体。「前頭葉連合野、視覚連合野、一次視覚野の3つの脳部位についてスライス標本を作り、蛍光染色した。そのうえで、他の神経細胞から情報を受け取るための突起(樹状突起)の形態と、樹状突起上にあるさらに小さな突起(スパイン)の数を調べた」と藤田教授。

藤田教授が調べたのは「錐体細胞」とよばれる神経細胞で、大脳皮質の全細胞の8割を占める。この細胞一つ一つがもつシナプスは、他の細胞に興奮を伝える「興奮性シナプス」が80%を、逆に興奮を抑制する「抑制性シナプス」が20%を占める。「興奮性シナプスはほどんとが樹状突起のスパインに形成されること、一つのスパインには一つの興奮性シナプスがあることがわかっているので、スパインの数を数えることで興奮性シナプスの数を推定した」と藤田教授。

結果について藤田教授は、「視覚情報処理の初段の一次視覚野よりも後段の視覚連合野の方が、また、視覚連合野よりも多感覚を扱う連合野である前頭葉連合野の方が、それぞれ多くのシナプスをもって誕生し、生後に多くのシナプスを新生し、また多くのシナプスを刈り込むことがわかった」と話す。これまで、大脳の各部位は、誕生時には同じ数のシナプスがあり、同じように新生と刈り込みが行われているのではないかと考えられていたが、そうではなく、部位によって脳の発達の仕方(神経回路の精密化の度合い)が異なることが明らかにされ、しかも、その違いが情報処理の「高度さ」と関係していることが突き止められたことになる。

成体の一次視覚野細胞では、最終的なシナプスの数が誕生時の半分以下に減少する一方で、視覚連合野や前頭葉連合野では、誕生時よりも多いシナプスをもつようになっていた。「なぜこのような差がもたらされるのか、そこに大脳の情報処理や神経回路生成の重要な鍵が隠されているような気がする」と話す藤田教授。シナプスを刈り込む過程は生後3.5か月から4歳までみられ、一つの細胞あたりでシナプスが刈り込まれる数は、一次視覚野で約3000個、視覚連合野で約4200個、前頭葉連合野で約7400個のシナプスと、予想外に大規模であることもわかったという。

脳を「神経回路からなる生物学的な実体であるとともに、多様な情報を処理する機械」ととらえて視覚の研究を続けてきた藤田教授。3年前に科学技術振興機構のプロジェクトに採択されたことを契機に、神経回路の詳細とその発達の解明を目指す研究をはじめた。今回の成果は、ダウン症候群や自閉症などの樹状突起やスパインの形成不全があるとされる疾患や、発達障害などの病態解明につながるものとしても期待される。「私自身は、特定の樹状突起の形態とスパインの分布をもつ神経細胞が、どのような電気的性質をもち、そのことが視覚情報処理にどのように役に立つのかといったことを解明したい」と意気込む藤田教授。引き続き、挑戦の日々が続くことになる。

西村尚子 サイエンスライター

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