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細胞のオートファジー(自食作用)の新しい機構を解明する

2009年4月23日

財団法人東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所先端研究センター
小松 雅明 副参事研究員
順天堂大学医学部生化学第一講座
一村 義信 助教

オートファジー必須遺伝子Atg7 ノックアウト神経細胞(左)とAtg7/p62 ダブルノックアウト神経細胞のユビキチン抗体による免疫染色像。オートファジー不全に伴うユビキチン陽性の封入体形成は、p62 の同時欠損によって顕著に抑制される。 | 拡大する

オートファジーは自食作用とも呼ばれ、細胞が飢餓状態に陥ったときに自らのタンパク質をアミノ酸に分解して、エネルギー源に、あるいはタンパク質新生の材料に変えるシステムとして知られている。実はオートファジーは細胞が栄養豊富なときにも恒常的に起こっており、財団法人東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所先端研究センターの小松雅明副参事研究員、順天堂大学医学部生化学第一講座の一村義信助教らの研究グループは、この恒常的オートファジーの新たな機構を次々と明らかにしている。

オートファジーでは、細胞質に隔離膜が現れ、細胞質を包み込んで二重膜構造体(オートファゴソーム)を形成し、それが加水分解酵素を持つオルガネラ(細胞小器官)であるリソソームと融合して、自己タンパク質が分解される。東京工業大学統合研究院先進研究機構の大隅良典教授らは、1990年代に酵母のオートファジー必須遺伝子群(ATG 遺伝子群)を同定し、その後、オートファジーの分子機序を次々に解明してきた。その間、多くの優れた日本人研究者がオートファジー研究に参画したこともあり、現在も日本は世界の中でオートファジー研究をリードする立場にある。オートファジーは真核生物がもつ普遍的な分解システムであり、ATG 遺伝子群は高等生物でも保存されていることが判明している。

恒常的オートファジーは、タンパク質およびオルガネラの代謝回転や変性したタンパク質の除去を担うのではないかといわれていたが、その証拠は最近まで見つからず、また、オートファジーは細胞質の一部を包み込み、非選択的にタンパク質を分解するというのが従来の通説だった。

小松研究員らは、最近、恒常的オートファジーに関与するタンパク質p62やNbr1を同定し、p62 遺伝子やNbr1 遺伝子は酵母などにはなく、高等生物のみにあることを報告。一村助教は「恒常的オートファジーではp62やNbr1というタンパク質が選択されていることも新しい発見だった」と解説する。

p62やNbr1は、オートファゴソームに局在しその成熟過程に寄与するタンパク質LC3と結びつく。細胞レベルでATG 遺伝子群を操作してオートファジーを止めると、p62やNbr1が大量に蓄積して凝集化すること、また、この凝集化はアルツハイマー病などの疾患で見られることから、小松研究員らはATG 遺伝子群のひとつであるAtg7 遺伝子やp62 遺伝子改変マウスを作成、その機能を観察した。

すると、例えば肝臓特異的にAtg7 遺伝子を欠損させたマウスでは、p62タンパク質が大量に蓄積し、肝肥大や重篤な肝炎が起こった。一方で、Atg7p62 の両方の遺伝子を欠損させたマウスでは、肝肥大がなく、炎症反応も見られなかった。これはp62の過剰蓄積が主要な病因であることを意味する。

また神経でAtg7 遺伝子を欠損させると、やはりp62が蓄積し、神経細胞の脱落により神経変性疾患が起こった。ただし、小脳のプルキンエ細胞では、p62 遺伝子を欠損させても変性は回復せず、マウスには運動障害が残った。「脳神経細胞ではリソソームは細胞体にしかなく、軸索終末でオートファジーがストップすると、軸索終末で変性したタンパク質やオルガネラを細胞体に運ぶことができなくなり、それが細胞の脱落やその結果の運動障害につながるのではないか」と小松研究員は分析する。

さらに、これらの疾患には、ユビキチンが関係することも発見した。小松研究員が所属する田中啓二・先端研究センター長の研究室では、変性したタンパク質の除去などを担う、もうひとつのタンパク質分解機構ユビキチン・プロテアソームシステムも研究しており、「傍にあるユビキチン抗体でAtg7 遺伝子を欠損したマウスの病変組織の免疫染色を行ってみたら、ユビキチン陽性封入体が形成されることがわかった。一方、Atg7p62 の両方の遺伝子を欠損させた場合、ユビキチン化タンパク質は蓄積するものの、封入体という形にはならない。つまり、p62がユビキチン陽性封入体を作り、それが過剰蓄積して肝障害などの病気を起こしていた」(小松研究員)。その後、p62 遺伝子やNbr1 遺伝子のC末端にはユビキチンと結合するドメインがあることが明らかになった。

現在は、p62 遺伝子やNbr1 遺伝子など恒常的オートファジーで機能する遺伝子のネットワークの解明を進めると同時に、様々な病態発症過程においてp62Nbr1 の挙動をモニタリングできるマウスの作成とその解析を始めている。「恒常的オートファジーの研究から、肝臓病やがん、糖尿病、神経変性疾患などでこれまでにない概念の病態発症機構が見えるのではないか。そしてその成果が予防や治療に役立つ薬剤開発につながれば」と小松研究員。新たな成果に期待が高まる。

小島あゆみ サイエンスライター

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