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アルカロイドを葉の液胞に貯めるための遺伝子を、世界ではじめて同定!

2009年4月9日

京都大学 生存圏研究所 森林圏遺伝子統御分野
矢崎 一史 教授

自らの意思で動くことのできない植物は、昆虫や動物に食べられないように、さまざまな毒を作り出す。たとえば、ケシが作るモルヒネ、イチイ属植物のタキソール(抗がん剤として有名)、トリカブトのアコニチンなどの「アルカロイド」と総称される物質は、その良い例である。植物が作り出すアルカロイドは1万2000種以上もあるとされ、医薬品などに利用されているものも少なくない。ただし、一般の人々に最も身近なアルカロイドはタバコに含まれる「ニコチン」であろう。このほど、京都大学 生存圏研究所 森林圏遺伝子統御分野の矢崎一史教授は、タバコの葉にニコチンを貯める役割を果たす遺伝子を同定。それはこれまでに知られていなかった「アルカロイドの蓄積に関わる液胞局在型のトランスポーターの遺伝子」であることがわかった。

アルカロイドは低分子の有機化合物で、生物の神経を興奮、麻痺させる強い毒性をもつ。つまりタバコは、ニコチンというアルカロイドによって、害虫や草食動物から身を守っているといえる。その葉には乾燥重量あたり2〜8%のニコチンが含まれることが知られているが、実際にニコチンを作っているのは葉ではなく、根である。根で作られたニコチンは導管を通じて地上部の葉に運ばれ、葉の液胞という器官内に蓄積されるが、その分子機構は謎のままだった。

今回、矢崎教授は、BY2という品種のタバコの培養細胞を使って実験を行った。この細胞は普段はニコチンを作らないが、ある化合物(ジャスモン酸)で処理するとニコチンを作り出すようになるという。「ジャスモン酸がない状態でオフになっているニコチン生産は、ジャスモン酸を入れることでオンになる。そこで、オンになった時にニコチンを生合成する遺伝子と同じパターンで発現が誘導される遺伝子を網羅的に拾ってみた」と矢崎教授。得られた候補遺伝子のアミノ酸配列から「物質を輸送するトランスポーターの遺伝子」と予測される4種を選び出し、酵母で発現させて実際の機能を検討することで、Nt-JAT1という遺伝子がニコチントランスポーターの遺伝子であることを突き止めた。

「Nt-JAT1遺伝子から作られるのは、470個のアミノ酸からなり、膜を12回貫通する疎水性のタンパク質だった」と矢崎教授。このトランスポーターはMATEというクラスに属するものであったという。MATEは有機化合物などの輸送に関与しており、バクテリアでは薬剤耐性との関連などで知られるようになった膜貫通型のタンパク質である。

植物の体内を移動する生理活性物質としては、茎や葉の成長を調節するオーキシンが知られる。オーキシンにはアルカロイドのような毒性はなく、細胞膜上のトランスポーターによって細胞から細胞に受け渡されることで運ばれる。一方、強い毒性をもつニコチンは自分の細胞にとっても毒であるために、まずは導管によって上部に運ばれ、その先はNt-JAT1トランスポーターによって葉の液胞のなかに隔離されていたことになる。

「今回の成果は、ほかの植物種でアルカロイドのトランスポーターを解明する手がかりになると思う。ニコチンを貯めない(つまり害の少ない)葉タバコの生産や、逆に人工的に根にアルカロイドを貯めさせることで病害虫に強い作物の育種などにもつながるかもしれない」。そう話す矢崎教授は、テレビアニメのサスケをみて、忍者たちが薬草に通じていたことに興味を覚え、薬学部に進んだという。以後、一貫して植物の生理活性物質を対象にし、さまざまなアプローチで研究を続けてきた。「植物の代謝産物の輸送と代謝を統合して理解したい」と話す矢崎教授。夢の実現に向け、研究に励む日が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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