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脊髄損傷後の機能回復のメカニズムを探る

2009年3月26日

自然科学研究機構・生理学研究所
伊佐 正 教授

脊髄の損傷前(左)では大脳皮質のフィールド電位と指を動かす筋肉の筋電図における周波数はβ帯域で同調している。損傷後(右)では大脳皮質のフィールド電位とは関係なく、指を動かす筋肉の周波数がγ帯域で同調している。これによって脊髄損傷後の回復期に指を動かす筋肉がネットワーク化されることがわかった。CSTは皮質脊髄路。 | 拡大する

運動や感覚など多くの機能が障害される脊髄損傷には、日本に10万人以上の患者がいるといわれている。根本的な治療法がなく、骨髄・神経の幹細胞やiPS細胞を移植する再生医療に期待が高まっているが、実用化の道はまだ遠い。一方、脊髄の損傷の程度によってはリハビリテーションによって一部の機能が回復する例もあり、そのメカニズムや効果的なリハビリ方法の研究も求められている。

自然科学研究機構・生理学研究所の伊佐正教授らの研究グループは、サルの脊髄損傷モデルを使い、主に指の運動機能の回復に関する研究を続けている。

これまでに伊佐教授や西村幸男研究員(現・ワシントン大学)は、脊髄を部分的に損傷し、指を動かせなくなったサルでは、不自由になった指でエサを取る訓練を続けるうちに指が動くようになり、1カ月ほどで元の動きとほぼ同様の動きができることを明らかにした。そして、このとき脊髄の神経回路に間接的な側副路が使われることも証明した。「ただし、頸椎の上のほうの損傷では、時間が経っても小指の動きが悪かった。損傷の程度とともに、どの部位がダメージを受けたかもリハビリの効果の鍵を握る」と伊佐教授は話す。

また、サル専用のPET(positron emission tomography:ポジトロン断層撮影法)を用い、回復の早い段階と時間が経ってからでは脳の活動部位が異なることを報告している。この研究のきっかけになったのは、脊髄を部分的に切断した後、半年くらいで指の機能がほぼ回復したサルで、「麻酔をかけたら、また損傷側の指がうまく動かなくなった。脳の使われ方は脊髄損傷の前後で異なり、機能を回復させるために脳は相当がんばっているのではないかと推測した」と伊佐教授。

右手の指を動かすための指令は左脳の運動野や感覚野、頭頂連合野や小脳から出され、左手の指では逆になるが、例えば、脊髄の部分断裂によって右手の指が不自由になったサルでは、回復の初期には右脳(同側)の運動野も活動しており、回復に従って、左脳のより高度な運動を支配する運動前野でも活動が高まっていた。「脊髄損傷からの回復の時期に応じて、脳の使われる部位が異なることがわかってきた」(伊佐教授)。

さらに最近、回復の過程で、指を動かす筋肉を含むネットワークが作られることを見出した。

大脳皮質の運動野において神経細胞の集合的な活動の指標となるフィールド電位を測定し、同時に指の動きを制御する筋肉の筋電図を記録すると、双方の振動の周波数は14~30Hzのβ帯域で同調することが知られている(=大脳皮質・筋肉間コヒーレンス)。伊佐教授らは、脊髄を部分的に損傷して指の動きが弱くなったサルでは、この大脳皮質・筋肉間コヒーレンスが消失し、その後、回復に応じて戻るのではないかと予測した。ところが、実験してみると、大脳皮質・筋肉間コヒーレンスは回復せず、一方で、指を動かす筋肉同士で30~46 Hzのγ帯域でコヒーレンスが起こっていた。これは正常では見られない活動だ。「筋電図を見ると、本来はお互いに拮抗していた指を動かす筋肉が指の動きの回復とともに同調するようになっていった。脳の動きとは関係なく、筋肉同士が脊髄などを介して新しくネットワークを作るのには驚いた」と伊佐教授。この成果から考えれば、指の筋肉への外部からの刺激が機能回復につながる可能性がある。

イメージングやフィールド電位、筋電図などさまざまな手法を組み合わせ、脳と神経と筋肉をつなげて調べる伊佐教授らの研究によって、脊髄損傷やその回復に関するメカニズムが見えてきた。伊佐教授は機能回復の際に脳で発現が変わる遺伝子についても研究を始めたところで、「今後の研究を脊髄損傷の効果的なリハビリ方法や薬の開発につなげたい」と抱負を語っている。

小島あゆみ サイエンスライター

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