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植物-害虫-天敵間の匂いによるネットワークを研究

2009年2月27日

京都大学生態学研究センター
高林純示センター長

「植物が害虫の天敵を呼ぶために出す匂い物質を農薬替わりに使う」、そんな発想が実用化に向かいつつある。

植物が害虫の食害を受けたときに特定の匂い物質を放出して、害虫の天敵を呼ぶという報告が初めて出たのは1983年。オランダ・アムステルダム大学のSabelisとBaanが、リママメの葉がナミハダニの食害を受けたとき、ナミハダニの天敵であるチリカブリダニを呼び寄せる匂い物質を出すことを実験的に証明した。以来、“植物-ハダニ-ハダニの捕食者”や“植物-チョウ目の幼虫(イモムシやアオムシ)-幼虫内部に寄生するハチ”を中心に、植物と昆虫の三者の生物間相互作用の研究が進んだ。

京都大学生態学研究センターの高林純示センター長(教授)は、大学院在学中、アワヨトウ(ガの一種)の幼虫に寄生するカリヤサムライコマユバチを研究していたが、1988年、留学先のオランダでこの生物間相互作用の研究に出会い、日本で数少ない化学生態学の研究者として研究を続けている。

これまでに、キャベツにコナガの幼虫がいるときとモンシロチョウの幼虫がいるときでは、コナガ幼虫の天敵コナガサムライコマユバチとモンシロチョウ幼虫の天敵アオムシサムライコマユバチに対し、キャベツはそれぞれ微妙に異なるブレンドの匂いを放出することや、コナガコマユバチはコナガ幼虫に食われた葉を選ぶ一方で、アオムシサムライコマユバチは傷ついた葉であれば、必ずしもモンシロチョウ幼虫が食べた葉でなくても飛んでいくことなどを突き止めた。

すでにキャベツがコナガ幼虫の食害を受けたときに出す4種類の匂い物質を利用してコナガサムライコマユバチを呼び寄せる方法を開発し、2006年と2008年の2回、京都府美山町において、ビニールハウスでの実験に成功している。天敵や害虫に対する微生物を用いる生物農薬とは異なり、植物由来の物質によって天敵を誘引し、あらかじめパトロールしてもらって、害虫の発生を抑える仕掛けだ。

キャベツはコナガ幼虫の食害を受けたときに数十種類の匂い物質を出すが、高林センター長らは、コナガコマユバチを呼ぶには4種類の組み合わせで十分であることを明らかにした。食害を受け始めたときと、食害がかなり進んでから放出される匂い物質をひとつずつ分析し、比較することで有力な物質を絞り、4種類を抽出。「それぞれの物質を単独で使ってもコナガコマユバチは呼び寄せられず、4種類をブレンドしたら、うまくいった。コナガコマユバチは混じった匂いをキャベツにコナガがいるという信号と捉えているらしい」(高林センター長)。

ただし、このような方法では、まだ害虫が多く発生していない時期に天敵が集まり、エサの不足で天敵が長く生きて活動するのが難しくなる。そこで天敵のエサになるハチミツなどを一緒に使う。「すると今度はアリなど別の生物がハチミツに集まるため、容器の形状や設置場所に工夫が必要」と高林センター長は話す。

今後はこのような匂い物質の組み合わせを特許やベンチャー企業での製品開発につなげたいと考えている。“昆虫天敵行動制御剤”“天敵誘引剤”“天敵活性化剤”と呼べるような農業用の資材はこれまで世界的に見ても実用化されていない。高林センター長は「農林水産省等との話し合いでは、農薬の一種として位置づけられる可能性が高い。減農薬の方法を考えていたのだけれど、“農薬”を作ることになりそう」と笑う。

「コナガやモンシロチョウの仲間は世界中にいる。また、アブラナ科だけでなく、マメ科やイネ科の植物でも同じようなストラテジーで“天敵誘引剤”“天敵活性化剤”を開発できるだろう。日本の里山環境だけでなく、農薬を買う資金が乏しく、かつ少量他品目の農業を行っている発展途上国で、農薬を減らし、環境を守りながら、生産性を上げるために使えるようにしたい」。

現在、植物が害虫を見分ける仕組み、例えばキャベツはコナガ幼虫かモンシロチョウ幼虫のどちらに食べられているのかをどうやって知るのか、また、植物自体は匂いをどのように受け取るのかについても調べている。「周囲の匂いの種類によって、植物で活性化する遺伝子のパターンが違う。匂い物質は葉の表面のワックスに溶けると思われるが、そこからの受容の機構は謎」(高林センター長)。

敵の敵を味方につけ、害虫の天敵をボディーガードのように扱う植物。その奥深い外界とのコミュニケーションの解明が新しい農業技術の開発につながることが期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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