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生命の材料となる有機分子は、隕石衝突でもたらされた!

2009年2月12日

物質・材料研究機構 ナノ物質ラボ
関根 利守 主席研究員

衝撃生成カルボン酸のガスクロマトグラフ(1.酢酸、2.プロピン酸、3.メチルプロパン酸、4.ブタン酸、5.ペンタン酸)。 | 拡大する

提供:東北大学 古川善博氏

約38億年前に誕生されたとされる生命。その前段階として、アミノ酸など、生物を構成するための有機分子が準備されたはずだが、これまでは、ミラーが1953年に提唱した「大気への放電による生成仮説」が支持されてきた。ミラーは「当時の原始大気モデル」に基づいて、メタン、アンモニア、水を含む気体中に放電する実験を行い、水中にアミノ酸が生じることを証明したのである。ところが、地球科学の進展によって、原始地球の大気が1953年当時に考えられていたものとは大きく異なることが明らかにされ、ミラーの実験そのものが成り立たなくなってしまった。有機分子の起源は再び謎となったが、このたび、物質・材料研究機構 ナノ物質ラボの関根利守主席研究員らは、有機分子が隕石の海洋衝突による衝撃で生成された可能性のあることを、実験によって証明した。

ミラーが実験を行った当時は、原始地球にメタン、アンモニア、水などの還元的な分子があると考えられていた。ところが、1970年代以降の研究によって、原始地球には「超高温のマグマの海(マグマオーシャン)」が存在していたことが突き止められ、メタンやアンモニアは1200度以上にも達する高温のマグマによって分解され、軽い水素は宇宙空間に飛散してしまうことが明らかになった。つまり、原始大気には、有機分子の材料となるメタンやアンモニアなどが存在していなかったことになる。

こうした状況の下、2006年に、東北大学教授の中沢弘基博士(現 物質・材料研究機構 名誉フェロー)が、まったく新しい生成仮説を提唱した。中沢博士は自らの著書において、最新の地球科学の成果と予備的な実験結果をもとに、「有機分子は初期地球で激しかった微惑星や隕石の海洋爆撃により、多種多量に生成した」とする「有機分子ビッグバン説」の可能性を示唆した。

一方、関根主席研究員は長年にわたって衝撃波を利用した「ものづくり」を進めてきた。「中沢博士から、衝撃波のショックでアンモニアが合成できないだろうかとの提案をいただき、今回の成果につながる研究を始めることになった」。当時をそう振り返る関根主席研究員。さっそくアンモニアの衝撃合成実験を行ったところ、見事に成功。この系に炭素を加えることで、有機分子が合成できるのではないかと考えた。

熟慮の末、関根主席研究員らは、ステンレス容器中に、マグマオーシャンが冷えて生成した、約40億年前の海の成分水(またはアンモニア水)、大気成分の窒素、隕石中の成分の鉄、炭素、少量のニッケルを封入し、そこに衝突速度約1km/s弱という力で弾丸を衝突させ、衝撃波を与える実験を行った。その後、容器から「新たに生成した溶液」を回収し、クロマトグラフ法と質量分析法で分析した。「生成物として、アミノ酸の一つであるグリシン、アミノ酸の原料になるカルボン酸やアミンなどが確認された」と関根主席研究員。約40億年前の海洋に隕石が衝突することで有機分子ができうることを、見事に証明したのである。

ただし、今回の実験では、複雑な高分子は得られなかったという。「実際の隕石衝突では十分な衝撃反応時間があったと予測されることから、複雑な分子もできたのではないかと思う」と話す関根主席研究員。複雑な分子も生成しうることを、今後の実験で検証する必要があるが、今回の成果だけでも、有機分子ビッグバン説を強力に支持するとしている。

ミラーの実験は、高校の教科書でも紹介されるほど一般的なものだが、今回の成果は、その内容の書き換えを迫るほどのインパクトをもたらした。ただし、有機分子ビッグバン説によって有機分子生成の謎が解けたとしても、その後の化学進化がどのように展開されたのか、RNAワールドは本当に存在したのか、といったことなど、生命誕生と、その初期進化に関する興味は尽きない。

「衝撃波というと破壊的なイメージが強く、化学や生物学には無縁と思われるかもしれないが、基礎学問や産業・社会への還元につながる研究をしていきたい」と関根主席研究員。社会で役立つ「ものづくり」を進める一方で、「私たちはどこから来たのか」という、誰もが抱く疑問に答えるために研究を続ける日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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