似ていると思われたミトコンドリアとバクテリアの外膜タンパク質の違いを解明
2009年1月22日
独立行政法人産業技術総合研究所 生命情報工学センター 配列解析チーム
ポール・ホートン研究チーム長
今井 賢一郎 特別研究員

外膜と内膜の二重の細胞膜や環状DNAといった形態を含め、ミトコンドリアは分子生物学的・生化学的な性質から、好気性バクテリアがその祖先と考えられている。また、タンパク質も似ていると推測され、とくにミトコンドリアの外膜に存在するβ型タンパク質は、バクテリアのβ型外膜タンパク質のアミノ酸配列をもとにした予測から、バクテリア同様100種類以上あると予想されてきた。
ところが、独立行政法人産業技術総合研究所生命情報工学センターの配列解析チームの
ポール・ホートン研究チーム長、今井賢一郎特別研究員と分子機能計算チームのマイケル・グロミハ主任研究員の最近の研究から、ミトコンドリアのβ型外膜タンパク質は6種類程度しか存在しない可能性が明らかになった。
この研究の契機になったのは、ポール・ホートン研究チーム長が、ミトコンドリアβ型外膜タンパク質が外膜に組み込まれる際のアミノ酸配列モチーフ(βシグナル)の発見に関する論文を読んだこと。Kutikらによる、この論文は、ミトコンドリアβ型外膜タンパク質の局在化のシグナルとしては初めての報告で、また、すでに知られているミトコンドリアβ型外膜タンパク質5種類のうち、4種類がβシグナルの配列パターンを持つことを示していた。
ホートン研究チーム長はバイオインフォマティックスを用いたタンパク質の局在予測の研究者で、これまで予測プログラムの開発や改良、マイクロアレイ解析における類似発現プロファイルの検索エンジンの開発などを行ってきた。「このβシグナルの配列パターンを網羅的に調べれば、新しいミトコンドリアβ型外膜タンパク質が見つかるかもしれないと思った」と話す。
そこで、グラム陰性バクテリアのタンパク質局在予測を研究していた今井特別研究員とバクテリアのβ型外膜タンパク質予測の研究者であるグロミハ主任研究員とともにチームを組み、既知の約9000種類のミトコンドリアのタンパク質について、βシグナルの配列パターンの進化的保存性や二次構造の予測などで解析した。すると、わずか6種類のタンパク質のみがβシグナルを持つβ型外膜タンパク質の条件に合うことがわかったのだ。
この6種類は、すでに知られていたβ型外膜タンパク質5種類と新規に同定された1種類。既知の5種類のうち、Kutikらの報告ではβシグナルの存在がはっきりしなかったMmm2は、異なる生物種であっても、やはりβシグナルの配列パターンを保存していることが明らかになった。Kutikらがβシグナルの存在を示した4種類のβ型外膜タンパク質はすべてC末端に近い側にβシグナルの配列を持っていたが、「Mmm2ではC末端からかなり遠く離れたところにあり、βシグナルの配列以降はタンパク質の構造を取りにくい配列パターンであることがわかった。後ろがタンパク質の構造を取りにくいのであれば、C末端から遠くはなれていても、βシグナルが役割を果たすことが推測できる」と今井特別研究員は解説する。また、新たに発見したUth1は、これまでの報告から、ミトコンドリアの外膜に存在することが確認されている。
ホートン研究チーム長も今井特別研究員も「バクテリアの100種類ほどではないにしろ、もっと多くのβシグナルを持つβ型外膜タンパク質が見つかると思っていた。6種類という少なさは予想外」と口を揃える。意外な結果ではあったが、その後、ほかの研究者がミトコンドリアβ型外膜タンパク質としては初めてVDAC1の構造を明らかにし、バクテリアとは異なる構造を持つことを報告、今井特別研究員は「構造が違えば、バクテリアとミトコンドリアのβ型外膜タンパク質の予測がずれるのも当然だなと思った」と話している。
現在、これらの結果を名古屋大学大学院理学研究科の遠藤斗志也教授が実験的に確認しているところ。遠藤教授とは、ホートン研究チーム長が見つかったβ型外膜タンパク質候補の局在化に関する問い合わせのメールをミトコンドリア外膜タンパク質の研究者に出したことでつながった。「我々のようなバイオインフォマティックスの研究者が実験の専門家と一緒に研究できる体制を作れたのもこの研究の成果のひとつ」とホートン研究チーム長。この研究から、個々のミトコンドリアβ型外膜タンパク質の持つ性質が明らかになることも期待される。
今後は、ミトコンドリアβ型外膜タンパク質の局在化に関して、βシグナルとは異なる配列を見つけることを目指している。βシグナルはいったん外膜を通ったタンパク質が内側から外膜に組み込まれるときに働くが、「ほかの多くのミトコンドリアのタンパク質は外から外膜に入るときのミトコンドリア移行シグナルを持つのに対し、βシグナルを持つタンパク質はこのシグナルを持っていない。バクテリアは中でタンパク質を作るが、ミトコンドリアは外からタンパク質を入れて使う。新たなシグナルが見つかれば、この違いも説明できるかもしれない。もちろんβシグナルと同様、外膜に局在化させる新たなシグナルもターゲット」とホートン研究チーム長は抱負を語る。
今回の研究成果が、進化の謎を秘めたバクテリアとミトコンドリアの関係、ATPの合成やアポトーシスといった重要な生命現象を司るミトコンドリアのタンパク質の役割を解き明かす入り口になっていくのか、興味は尽きない。
小島あゆみ サイエンスライター