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世界初の人工リンパ装置が強い免疫機能を発揮することを確認!

2007年6月14日

理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 免疫組織再生研究ユニット
渡邊 武 ユニットリーダー

モデルマウスの腎臓皮膜下に構築された人工リンパ節。 | 拡大する

渡邊 武 UL 提供

私たちは多種多様の細菌やウイルスに囲まれて暮らしているが、免疫機能が正常であれば、大事に至ることはあまりない。ところが、がんやエイズなどの疾患では、免疫機能の低下により、命を脅かす深刻な事態が生じる。理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター の渡邊 武ユニットリーダー(以下、UL)は、人工リンパ節を作製し、それを体内に移植することで患者の免疫機能を高めることができないかと考え、2001年頃からマウスを用いた研究を始めた。試行錯誤の末、2004に人工リンパ節の構築に成功し、このほど、免疫反応を誘導し、強い免疫機能を発揮することを確認した。

渡邊ULらが開発した人工リンパ節の材料は、生体適合材料として知られる「コラーゲンスポンジ」、臓器や組織を形づくるための支持細胞である「ストローマ細胞」、免疫反応の司令塔としてはたらく免疫細胞である「樹状細胞(微生物を排除したり、異物侵入の情報をTリンパ球に伝えるなどの機能をもつ)」からなる。「まず2mm角ほどのコラーゲンスポンジにストローマ細胞と外来の抗原を取り込ませた樹状細胞を含ませ、それをマウスの腎臓皮膜下に移植する。すると2〜3週間後に、ほぼ100%の確率でリンパ節と同じような構造をもつ直径3〜5mmほどの人工リンパ節組織ができる」と渡邊UL。成功の鍵は、コラーゲンスポンジとストローマ細胞を組み合わせて使った点にあるという。

このような研究を始めた経緯について渡邊ULは次のように話す。「細胞治療や組織再生については大きな研究成果がもたらされているが、免疫組織の再生と構築については手がつけられていなかった。リンパ節(二次リンパ節)は、免疫反応の場としてきわめて重要で、実に美しい構造をしていることもあり、人工的に構築してみたいと考えた」。さらに、生体という3次元空間内でおきる反応の解析には、現在使われている平面培養法ではなく3次元で培養する系が必要だと感じたことも大きかったという。

研究は、リンパ節の構築に最低限なにが必要かを考えるところから始まった。「そのころすでに、マウスでは、リンパ節の形成に関わる細胞・分子・分子間相互作用について、かなりのことがわかっていた。私達は、リンパ節の発生や形成過程をなぞるのではなく、エッセンスだけを使って簡便に作ろうと考えた」。そう話す渡邊ULは、熟慮の末、骨組みとしてコラーゲンスポンジを、組織基盤としてストローマ細胞を使うことにした。驚くべきことに、最初にできあがった組織は、自然のリンパ節とそっくりの美しい組織構造とリンパ節に存在するほとんど全ての細胞や構造を持っていたという。

その後、得られた人工リンパ節を、免疫不全のモデルマウスの腎臓皮膜下(腎臓皮膜はさまざまな臓器移植実験の場として使われている)に移植し、静脈注射でがん抗原や細菌タンパク質などの抗原を投与した。「すると、正常マウスの免疫反応の10〜50倍もの強い抗体産生が誘導された」と渡邊UL。その理由については、免疫不全マウスでは、免疫細胞が増殖できる十分な空間があり、また人工リンパ節には免疫反応を抑える機構が少ないことなどが考えられるという。

現在の渡邊ULは、構築までの簡便化と、ヒトを含むマウス以外の動物にも移植できる人工リンパ節の開発を進めている。将来は、人工リンパ節が、エイズ、がん、老化による免疫能の低下、免疫組織の破壊に対する有効な治療法になり、さらにモノクローナル抗体などの医薬品産生のツールとしても利用できると期待される。「私は、リンパ節だけでなく、胸腺、脾臓などを含めた『人工免疫組織治療』がかならず実現すると確信している」。そう話す渡邊ULは、免疫組織の構築に必要な全ての細胞をES細胞から誘導し、完璧な免疫能力をもった人工リンパ節を作ることを究極の目標に掲げ、今日も研究を進めている。

西村尚子 サイエンスライター

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