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脳や神経を持たない粘菌の情報処理能力を探る

2008年11月27日

北海道大学電子科学研究所
中垣 俊之 准教授

粘菌はS1、S2、S3で低温・乾燥の空気にさらされる刺激 を受けた後、C1、C2、 C3のタイミングで環境変化を予測して動きを止め、S4の刺激を受けた後、C6、C7では2回目、3回目の刺激が来ることを予測して動きを止める。これら の粘菌の動きから、粘菌にC1~3の刺激の記憶が残っていることが推測される。 | 拡大する

今年10月2日、北海道大学電子科学研究所の中垣俊之准教授は、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる「イグ・ノーベル賞 」(Ig Nobel Prize)の「認知科学賞」を授賞した。その功績は、真正粘菌が迷路を解くという情報処理能力を持っていることの発見による。

粘菌は変形菌とも呼ばれる原生生物で、ゲル状の原形質を持ち、細胞壁は持っていない。合体や変形を繰り返しながらアメーバ運動で這い回るところは動物的であり、一方、胞子を飛ばして繁殖する点はキノコに似ているという特徴を持つ。粘菌には細胞性粘菌と真正粘菌があり、細胞性粘菌は細胞の集合体として存在するが、真正粘菌は細胞が融合して、ひとつの細胞となる。中垣准教授が扱うのは真正粘菌だ。

受賞対象となった研究は、約4cm四方のOHPフィルム製の迷路を使ったもの。真正粘菌の一種モジホコリを細かく切って入れ、粘菌がつながって迷路いっぱいに広がったところで、エサのオートミールを入り口と出口に置くと、最短距離の経路のみ、粘菌が残った。粘菌の原形質にある管状構造の結合や分離によって、生存に最も効率のいい形を選ぶことができるのだ。

中垣准教授の真正粘菌との出会いは北大薬学部在学中だった。子どものころから『ファーブル昆虫記』などで生き物の観察や簡単な実験で生態を発見できることに興味を持ち、「本来物質からできている虫の賢さはどこから来るのか、モノが集まってできた生物が時間的に発展していき、ヒトでは心さえも持つのはなぜだろうと疑問を持った」。そして、物質世界と生物の関わりの本質は単純な生き物ならば見えるかもしれないと粘菌を研究対象に選ぶ。一方、「状態の時間的な発展を科学的に記述するのは数学や物理の得意分野。原形質のみで複雑な構造のない粘菌の行動は計算式になじむ」と考え、粘菌の行動と数学とを組み合わせる研究を始めた。

日々粘菌を観察しているうちに粘菌が情報処理能力を持っていることを感じ取り、いわば思いつきで迷路の実験を始めたのが先述の2000年の研究成果となる。2006年には数学者である広島大学大学院理学研究科の小林亮教授や独立行政法人科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者の手老篤史博士らと共同して粘菌の動きをアルゴリズムに取り、計算機に実装して、複雑な経路探索を可能にした。この研究はカーナビゲーションの開発につながっている。「粘菌の動きは渋滞状況に応じてどの経路をたどるかといったネットワークに関する問題の解決に使えるのではないかと考えている」。

現在は粘菌の幾何学的な性質を明らかにする研究はほぼ一段落し、粘菌の持つ記憶や学習について研究を進めている。

今年1月には、粘菌が周期的な環境変動の記憶を持ち、予測できることを明らかにした(図)。モジホコリは室温では1時間に平均1cm動くが、空気の温度を下げ、乾燥させると動きを止める。そして空気が元に戻ると動き出す。このような低温・乾燥の環境下に1時間おく刺激を周期的に2回か3回繰り返した後、しばらくそのままにしておくと、実際に刺激がなくても、以前に環境が悪くなったタイミングに合わせるように動きを止めることがわかった。「太古の昔からいる粘菌は、様々な環境変動を恐らく記憶を使って乗り越えて来たのではないか」と中垣准教授は推測する。

アメーバ運動の基本原理も研究しており、アメーバロボットの開発にも参加している。今年度のJST戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)の「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」の研究領域で、「生物ロコモーションに学ぶ大自由度システム制御の新展開」が採択され、前述の小林亮教授、東北大学大学院工学研究科の石黒章夫教授とともに5年後にはアメーバロボットを完成させる予定だ。「人間が行けない場所の探査や災害救助などに役立つものができればいい」と中垣准教授。

計算機に、カーナビに、ロボットにと生かされる粘菌の情報処理能力、中垣准教授の研究の展開が期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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