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雄の性行動の引き金を引く脳細胞を特定!

2008年11月13日

東北大学大学院生命科学研究科
山元 大輔 教授

雌の脳に作り出した雄特異的ニューロン群(P1細胞) | 拡大する

画像提供:木村賢一博士

動物の多くは、成熟するにつれ、姿かたちや行動に明らかな性差を示すようになる。こうした現象は「ごく当たり前のこと」ととらえられがちだが、染色体も肉体も女性(あるいは男性)でありながら、心は男性(あるいは女性)で、女性(あるいは男性)にしか性的興味をもてない「性同一障害」の患者が少なからずいることがわかり、「脳と行動の性差」に関する研究に注目が集まるようになってきた。東北大学大学院生命科学研究科の山元大輔教授は、ショウジョウバエを用いた脳細胞と行動の性差について研究を続けており、このほど、雄の性行動の引き金を引く脳細胞を特定することに成功した。

山元教授は、1988年から性行動に異常を示すショウジョウバエの突然変異体を探索し、8系統の変異体をみつけていた。その一つに、雄が同性愛化して雌の行動を示す「satori」という変異体があった。そして、性行動を起こすメカニズムを突き止めるべく、satoriを用いた解析を始めた。まずは1996年に、satoriの原因遺伝子であるfruitlessを同定。つづいて、Fruitlessタンパク質が雌の脳にはなく雄だけにあること、雌の脳でFruitlessタンパク質を強制的に作らせると脳神経系が雄様に変化することを確かめ、2000年に、Fruitlessタンパク質が「雄化因子」であると結論づけた。さらに2005年には、fruitlessが発現するニューロンのなかに「雌雄で形態にちがいのあるもの(mAL細胞)」が存在することを明らかにした。

「2005年以降は、本題ともいえるmAL細胞の機能解析に着手したが、一筋縄ではいかなかった」。そうコメントする山元教授は、fruitlessを直接制御する遺伝子(transformer遺伝子)が変異した雌個体を使って、数十個のニューロンだけを雄型に性転換させた「性モザイク個体」を作り出し、どのような性行動をとるか調べることにした。「205匹の性モザイク雌を調べてみると、189匹は雌の性行動を示したが、16匹が典型的な雄の性行動を示した」と山元教授。

さらに詳しく調べたところ、雄の性行動を示した性モザイク雌では、その81%にあたる13匹で、ある特定の細胞群(P1細胞群)だけが共通して雄化していることがわかった。P1細胞群は、脳の片側に20個ずつあり、そこから反対の脳に軸索を伸ばして下位の中枢に情報を発信していると考えられる。さらに山元教授は、P1細胞群が正常な雄の脳にはあるが、雌の脳にはない「雄に特異的なニューロン群」であることも突き止めた。

一連の成果は、P1細胞群が雄の性行動の引き金を引くことを強く示唆したが、一方で、fruitlessを破壊したsatori変異体の雄にもP1細胞群が存在することがわかった。「一見矛盾するような結果だったが、より詳細な解析を進めたところ、雌の脳では、transformer遺伝子が直接制御するもう一つの遺伝子(doublesex)が作り出すタンパク質によって、P1細胞群に細胞死が引き起こされていることを突き止めた。また、Fruitlessタンパク質は、P1細胞群が正しい方向に枝を伸ばすためのガイド役を果たすこともわかった」と山元教授。

つまり、P1細胞群の性は、fruitlessとdoublesexという2つの因子が協調してはたらくことで決まることになる。「ヒトなどの脊椎動物にP1細胞群に相当するものがあるかどうかは不明だが、原理的にはヒトの性指向性も類似の機構で生じると思う」。そう話す山元教授は、自身の研究が、発症率に性差のある脳神経疾患の解明や、害虫防除を目的とした性行動のかく乱などに応用できるのではないかと考えている。

幼いころから昆虫好きだったという山元教授。大学時代に「ヤガ」という虫の「生殖隔離による種分化をもたらす行動」に関わる遺伝子を明らかにしたいと考え、現在に至る研究に向かってきたという。「今後は、P1細胞群が作る回路の解明に着手し、P1細胞を光や化学物質で刺激することで、性行動のスイッチをオンにしたりオフにしたりする実験を進めたい」。そう話す山元教授の興味と研究は尽きることがないようだ。

西村尚子 サイエンスライター

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