セントロメアの破壊によって、染色体の再編成を実現
2008年10月23日
久留米大学 分子生命科学研究所 細胞工学部門
高橋 考太 教授

真核生物の核内に保持されている線状の染色体は、セントロメアとテロメアという特殊な構造を持つ。セントロメアは細胞の分裂期に現れる X 状構造のクロスポイントの部分で、染色体の分裂時に微小管のレールに乗り、両極に引き離される。セントロメアはゲノムの安定性、種に特有の染色体の数と形が変化する核型進化や種の分化に関係する。一方、テロメアは末端でキャップとして、染色体同士の融合を防いでいる。また幹細胞や生殖細胞などを除き、娘細胞に分配されるたびに短くなる性質を持っており、DNAのエラー消去や細胞の寿命の調整を行っている。
久留米大学分子生命科学研究所細胞工学部門の高橋考太教授らのグループは、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)のセントロメアを破壊し、生き残った細胞を選択的に選び出す技術を世界で初めて開発した。そして、①サブテロメア領域にセントロメアが新しくできるネオセントロメア形成型の分裂酵母と、②セントロメアを持たない染色体が別の染色体に末端で融合したテロメア融合型の分裂酵母を実験的に作成することに成功した(図)。
ネオセントロメア形成型の染色体を持つ細胞は、ヒトなどの高等真核生物でも発生することが知られているが、人為的に発生させることができたのは初めてのことだ。また、テロメアが破壊されたときに出現することが知られているテロメア融合型の染色体を持つ細胞が、セントロメアの破壊によっても出現することが明らかになった。
分裂酵母の染色体は3本で、高橋教授らは、そのうちの第1染色体を操作した。まずノックアウトマウスの作成にも使われる酵素Creリコンビナーゼが特異的に作用して切り取る配列(loxP)をセントロメアの両側に組み込み、Creリコンビナーゼを誘導すると、セントロメアを含むDNA領域が欠失する(セントロメア破壊)。これによって、loxPの部分でセントロメアがなくなった染色体の両端が結合し、「無セントロメア染色体」ができることになる。同時に、セントロメアが欠失した場合にのみ、致死的な薬剤の添加に耐性を示す遺伝子が発現する仕掛けも組み込んだ。薬剤の添加によりセントロメアが消失した細胞だけを選別したところ、そのほとんどは無セントロメア染色体の分配に失敗して死滅してしまったが、数千細胞に1個の割合で生き残ってくる細胞が現れた。このサバイバー細胞の染色体構成を解析した結果、染色体は先に述べたネオセントロメア形成型とテロメア融合型に再編成されており、またこれらの染色体を持つ細胞の発生比率は7対3であることがわかった。
「本来染色体の融合が起こらないよう、テロメアが末端を保護しているはずだが、セントロメアを壊すことで、テロメアで融合する染色体が高頻度で出現したのには驚いた。また、ネオセントロメア形成型の新しいセントロメアもテロメアの近傍に形成される。テロメアには染色体の再編成に関わって、染色体を保持していく別の役割があるのかもしれない」と高橋教授。
また、ヘテロクロマチンの形成に関与する遺伝子を破壊すると、2つの染色体タイプの細胞の発生比率は1対9になり、DNAの転写活性を抑え込むヘテロクロマチンの分布は染色体の再編成と密接な関係があることが示唆された。
「染色体は案外可塑的で、何か危機的な状況が起こったときには、大胆にその形を組み換えて多様性を確保しながら生き残ろうとする、融通の利く性質を持っていると考えられる」(高橋教授)。
分裂酵母は細胞周期の研究のモデル生物であり、セントロメアやテロメアはヒトなどの高等真核生物と似た構造を持つこと、また今回の研究に関わる分子はヒトでも保存されていることから、高橋教授らが開発したセントロメア破壊の手法は高等真核生物の細胞に汎用できる。染色体構築の基本原理はもちろん、将来的には、種の分岐と進化に果たした染色体の役割や、がんなどの疾患と染色体異常の関わりの解明にもつながることが期待される。高橋教授は「この手法を突破口のひとつにして、染色体の長さや形を変えたり、欠失や重複を行ったりする染色体工学を発展させたい」と話している。
小島あゆみ サイエンスライター