次世代シーケンサーによる新たなプロジェクトが始動!
2008年10月9日
独立行政法人産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門
平野 隆 主幹研究員

一昨年来、次世代型のシーケンサーが欧米3社から相次いで上市され、ゲノム研究は新たな局面を迎えている。これらの新機種は、短い塩基配列をきわめて速く読め、コストパフォーマンスが良いのが特徴である。DNAの増幅にビーズを用いる、塩基別に発光させた像をコンピューターに取り込んで配列を読むなどの工夫が施され、従来型の約100倍にあたる「1台あたり1日に約3億塩基」の配列を決めることができる。産業技術総合研究所は、こうした次世代シーケンサーを用いることで、解析技術基盤の確立、創薬につながるヒトゲノム情報、有用生物資源のゲノム情報の獲得などを目的にした新たなプロジェクト「ギガシーケンサーを用いた先端バイオ研究基盤に関する研究開発」を沖縄県と連携して立ち上げた。
今回のプロジェクトは、内閣府の沖縄県特別振興対策調整費を原資に、沖縄科学技術振興センター、株式会社トロピカルテクノセンターとの共同で行われるものである。「まずは、沖縄県内にABI社の新機種(SOLiD System)を3台導入し、県の施策に沿うテーマとして黒コウジ菌の解析から始める予定になっている」。本プロジェクトを総括する産業技術総合研究所 セルエンジニアリング研究部門の平野 隆 主幹研究員は、そうコメントする。
次世代シーケンサーは一度に長い配列を読めないため、未知のゲノムをホールシーケンスするには不向きである。その威力は、すでにある程度の精度の全ゲノム配列が得られているものを対象に、その一部をより高精度に読み直す(再シークエンス)際に発揮される。平野主幹研究員らは、すでにあるコウジ菌のゲノム情報を利用することで製品評価技術基盤機構と協力し黒コウジ菌の詳細なゲノム配列を調べるほか、琉球大学から提案されている「沖縄県に特有な遺伝病」の解析なども進める予定だという。
「具体的なゲノムを対象にしつつ、次世代シーケンサーの全体像の把握と、使いこなすための技術体系の構築を進め、次世代シーケンサーに対応した有用微生物のゲノム解析技術の確立と、日本人の標準ゲノムの解析を目指したい」と平野主幹研究員。ヒトゲノム計画の完了後、「ゲノムをシーケンスする時代は終わった」との風潮が強まったが、研究者たちは「さらに早く・より高精度に・安く読む技術」の必要性を訴え続けてきた。病気の診断や治療、新たな分子標的薬づくりなどにゲノム情報を用いるには、遺伝子の多型といった配列のわずかなちがいを高い精度で調べる必要があるからである。
「次世代シーケンサーの技術はまだまだ発展途中。少し動かしただけでも、不定の条件が多くでてくる」。そう話す平野主幹研究員は、SOLiD Systemの導入にあたって、東京大学、理化学研究所及び米国イルミナ社での見聞を通じて比較検討を行ったという。このほかに、454ライフサイエンス社が比較的長い配列を読めるGS FLX System(通称454)という優れた機種を発売しているが、研究開発の目的、および高コストなどの理由で断念したとしている。
大学院時代には高分子合成化学を専門とし、DDSや抗がん活性の評価に関する研究を行ってきた平野主幹研究員。約10年前に、がんの染色体異常を画像で解析する機会を得たことをきっかけに、ゲノム解析に興味をもったという。その後、がんの悪性度診断のゲノムアレイ開発用に、単一日本人のゲノムを由来とする33万クローンにおよぶBACライブラリーの作成を行うなど、少しずつゲノム分野の研究に進んできた。
本プロジェクトの立ち上げまでには、政治的な壁がいくつもあったとされる。日本は、ヒトゲノム計画の際に大きく出遅れ、成果の大半を欧米にもっていかれるという苦い経験をしている。その後、キャピラリーシーケンスという日本発の画期的な技術が開発されたものの、シーケンサーの製造と販売そのものは欧米企業が独占している状況にある。「次世代、さらに開発されるであろう次々世代シーケンサーは、単にゲノム分野の変化ではなく、医療、環境、あるいは資源など、社会を根底から変える知的革新技術だといえる。したがって、今は、『100%日本産』にこだわらずに技術開発を進めるべき。そのためには、日本独自の包括的な国家戦略が必要だろう」と強調する平野主幹研究員。プロジェクトの本格始動に向けて多忙な日が続く。
西村尚子 サイエンスライター