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蛾のオスが近くのメスにだけ聞こえる超音波を出して求愛することを発見

2008年9月25日

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用昆虫学研究室
中野 亮 研究員

アワノメイガのオスは翅と胸の特殊な鱗粉を擦り合わせて、ちょうどメスに聞こえやすい高さ(周波数)の超音波を出すが、その音量はとても小さい。 | 拡大する

多くの蛾では、メスの出す性フェロモンを頼りにオスが同種のメスを探し出し、交尾に至る。トウモロコシの害虫であるアワノメイガの仲間では、複数の種が同じような成分を持つ性フェロモンを使っており、交尾時における種の識別には性フェロモンによる情報に加えて音(超音波)を使っている可能性があることが中野亮研究員(日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科応用昆虫学研究室)らによる先行研究から示唆されていた。

中野研究員は、最近、(独)森林総合研究所、南デンマーク大学、電気通信大学、NHK放送技術研究所との共同研究で、アワノメイガのオスが翅と胸部の特殊な鱗粉を使って、微弱な超音波による求愛歌を奏でることを発見した。

鱗粉はもともと翅と体表面の保護のために発達したと考えられているが、メスへのアピールや天敵に対しての威嚇のための模様の形成にも使われており、一部の蝶では鱗粉が性フェロモンを発していることが知られている。しかし、交尾のときに鱗粉をこすって超音波を出すことが証明されたのは初めてのことだ。

中野研究員らは、2006年にアワノメイガのオスが、性フェロモンに誘われてメスの近くにやってきた後、超音波を出すことを発見。今回の研究では、超音波をどのように発生させているのか、またこの超音波がどのように利用されているのかを詳しく分析した。

研究にはNHK放送技術研究所が開発した超高速度カメラを使用。アワノメイガは交尾のときに翅を立てて細かく振動させるが、その振動と超音波の発生が完全に同調していることを見出した。また、翅と胸がこすれる部分には、その周辺部のものとは異なる特徴をもった鱗粉があり、この鱗粉を取り除くと音が出なくなることも明らかにした。この鱗粉は200μmほどの範囲にあり、アワノメイガに二酸化炭素で麻酔をかけ、先を細くした針で1枚ずつはがす。「蛾にダメージを与えないため、短時間で作業を終わるように気を遣う。今では1頭につき15分ほどでできるようになった」と中野研究員。さらにレーザードップラー振動計を用いての解析によって、この鱗粉の下にある膜が超音波を増幅させていることも解明。なお、この鱗粉はオスだけが持ち、交尾のときのみに翅をこする動作をするため、ほかの目的で使われることはないようだ。

また、アワノメイガの腹部を走る聴覚神経の反応から、メスがオスの超音波を聞き取れる範囲は約3 cm以内に限られることがわかった。さらに、超音波を発することができないようにしたオスはメスから交尾を拒絶される率が高くなること、このときさらに、オスの出す超音波を再現した合成音をメスに聞かせると、交尾の拒絶率が低くなることを明らかにした。

蛾の天敵であるコウモリは超音波を出して餌の探索を行っている。蛾がコウモリの発する超音波を聞くことができることはわかっているが、天敵と交尾相手の超音波をどのように聞き分けているのかはわかっていない。「蛾はバッタなどと比べると耳の神経細胞の数が極端に少なく、アワノメイガの神経細胞は4個しかない。恐らく音の長さなどに基づいて、単純なメカニズムで聞き分けているのではないか」と中野研究員は予測している。今後はこのような蛾の超音波の聞き分けに関する神経学的な研究をする予定だ。

人間には聞こえない、蛾の密やかなコミュニケーションの研究は、昆虫の生態の解明という基礎的な側面だけではなく、農作物害虫の防除法の開発などにつながる応用的な側面も持つ。中野研究員らの新たな研究成果が期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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