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テロメアの保護と制御に関わるタンパク質複合体を発見!

2008年8月14日

京都大学大学院生命化学研究科
石川冬木教授

分裂酵母とほ乳類のシェルトリン。ともに、テロメア配列に6種のタンパク質が結合して形成される。 | 拡大する

ヒトの正常細胞の多くは、50回ほど分裂を繰り返すと非可逆的に分裂を止める状態(細胞老化)にいたる。DNAの末端部分に位置する「テロメア」とよばれる配列が、細胞分裂のたびに少しずつ短くなり、ある一定の長さになると細胞を増殖停止に向かわせるためである。京都大学大学院生命化学研究科の石川冬木教授は、分裂酵母のテロメアが6種ものタンパク質と複合体を形成することでテロメアの機能を発揮することを突き止め、その機構がヒトにも共通することを明らかにした。

テロメアの配列は種によって少しずつ異なっており、脊椎動物では(TTAGGG)n/(CCCTAA)nの繰り返しからなる。他の真核生物のテロメアも、脊椎動物と同じように片方の鎖がG、他方がCに富む配列の繰り返しからなることが知られている。

一方、染色体のDNAは、細胞が分裂するたびに複製され、娘細胞に均等に分配される。ところがテロメアの配列は完全には複製されず、分裂のたびに少しずつ短くなっていく。ある長さまで短くなったところで、それまでに蓄積されたDNAのエラーを抹消し、子孫細胞に残らないようにするためである。テロメアによるこうした機構は、有性生殖を行う真核生物が誕生した際にもたらされたと考えられている。

ただし、幹細胞や生殖細胞などでは、テロメアを伸長するためのテロメラーゼという酵素が働くために、分裂後も完全に同じ長さのテロメアが保たれる。つまり、体細胞ではテロメラーゼの機能が必要最小限に抑えられていることになる。ところが、がん細胞ではテロメラーゼが異常な活性状態になり、分裂限界を超えてもテロメアが短くならない。その結果、不死化したがん細胞は、異常を抱えたまま増殖を続け、悪性度を増しながら全身に広がってしまう。

「一見、白血病の治療が成功したようにみえながらも再発し、細胞の悪性度が増していく臨床例を目の当たりにし、染色体の安定性に関わることがわかり始めていたテロメアの研究を始めることにした」。医学部を卒業し、1990年まで血液内科の臨床医をしていた石川教授は、当時をそう振り返る。

といっても、研究ではヒトの細胞が使えなかった。ヒトのテロメアはさまざまなタンパク質と複合体を形成することで機能するため、それを実験的に再現するのが難しかったからである。そこで石川教授は、単細胞でありながら真核細胞に属し、テロメアももつ酵母を用いることにした。「酵母には、進化的に異なる出芽酵母と分裂酵母の2種があるが、どちらも遺伝子改変などの操作が容易で、テロメア機能に作用する抗がん剤候補のアッセイにも使いやすかった」と石川教授。

ところが、出芽酵母のテロメア構造は、ヒトとはかなり異なることがわかった。ヒトには「シェルトリン」とよばれるテロメア-タンパク質複合体がみられるが、出芽酵母にはこれに相当する構造が見あたらなかったのである。「そこで、もう一方の分裂酵母のテロメア構造を詳細に解析してみると、そこにはシェルトリンに相当する構造があった」と石川教授。

ヒトのシェルトリンには6種のタンパク質(TRF1、TRF2、TIN2、RAP1、TPP1、POT1)が結合することで、テロメアが機能するための骨格を作ると考えられている。「シェルトリンは、必要なときにだけテロメラーゼを呼び寄せ、テロメアを伸長させるためにはたらくらしい。また、6因子中のTRF1は、テロメラーゼを抑制するためのシグナルを伝達しているのではないかと考えられる。ただし、こうしたメカニズムには未解明部分も多い」。石川教授はそうコメントする。

今回、石川教授は、分裂酵母にもみられるPOT1に結合するタンパク質を、質量分析によって解析してみた。「すると、分裂酵母でも、Taz1、Rap1、Poz1、Tpz1、 Pot1、Ccq1からなる6因子の複合体が同定された。機能的にも、シェルトリンに相当すると考えられた」と石川教授。このうち、Poz1とCcq1は今回はじめてみつかったタンパク質で、別のTpz1にはヒトのTPP1との相同性がみられたという。

一連の研究によって、シェルトリンが真核細胞に広く保存されているらしいということがわかり、その機能解析のための道筋がつけられたことになる。「テロメラーゼの阻害は、抗腫瘍効果をもたらすと期待できるが、今回の成果によって、テロメラーゼそのものを阻害せず、テロメラーゼを抑制する機構を操作することで同様の阻害効果を得られる可能性が出てきた」。そう話す石川教授は、初心を忘れず、がん細胞がどのように進化して悪性度を増すのかを、体内環境と細胞の相互作用の観点から理解すべく、研究を続けている。

西村尚子 サイエンスライター

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