微生物の世界と感染症をテーマに2万人以上の子どもたちに講演
2008年7月24日
千葉大学大学院医学研究院病原分子制御学
野田 公俊 教授
細菌の毒素の無毒化を研究する、千葉大学大学院医学研究院病原分子制御学の野田公俊教授は、このほど文部科学大臣表彰「平成20年度科学技術分野の科学技術賞(理解増進部門)」を受賞した。これは、「ミクロの世界からのメッセージ」と題した講演を全国の小中学校、高校100校以上で行ったことに対するもの。講演を聴いた子どもたちはすでに2万人を超える。
2004年、日本細菌学会理事として、会員の減少に歯止めをかけ、学会を活性化するためのひとつの方策として、「子どもたちに10年後20年後に細菌学に進んでもらうように興味を持ってもらうのが有効ではないか」(野田教授)と、学会に提案した。「講演に行くことで出せる論文の数が少し減っても、論文の質が高ければかまわないと考えて、自分が全国を回ることにした」という。
講演では、最初に微生物の棲む世界や、発酵食品やペニシリンなど人間にとって役に立つ微生物と感染症を起こす微生物がいることを紹介し、「感染症によって地球上で毎年約2000万人が亡くなる。これは大都市東京が2つずつ消えるくらいの犠牲者の数」などと、具体的な数字や事例、写真やクイズを使って説明する。新興感染症や再興感染症、薬剤耐性菌の話をまじえ、「感染症との闘いには終わりがなく、若いフレッシュな頭脳が必要。一緒にノーベル賞もらいましょう」と呼びかける。
小学4年生のときに宿題で北里柴三郎先生の伝記を読んで感動し、小学5年生のときに学習雑誌の付録の試験管と顕微鏡でカビを観察して、その美しさに魅せられた。「それが細菌学の分野に進むきっかけになったと思う。講演で子どもたちに知らない世界を提供することで、理科はおもしろいと思ってもらえれば」と野田教授。
感染症に対する知識の普及の必要性を痛感したことも講演の原動力になっている。「1980年代前半からO157のベロ毒素の論文を発表していたが、90年に病原性大腸菌O157によって日本で幼稚園児が死亡した。専門家が論文を書くだけでは一般の人に伝わらず、診断にも予防にも生かせないと感じた」。以来、O157に関する一般向けの無料のパンフレットを作成し、要請があれば講演にも行くようになった。
野田教授は、米国国立衛生研究所(NIH)留学中に、偶然、細菌の出す毒素と結びつき、その活性を下げる物質を発見。帰国後、その物質のメカニズムの研究に使っていたウシの脳がBSE(牛海綿状脳症)騒動で使えなくなり、「身近な食品や漢方薬から毒素を抑える成分を探せば、抗菌薬とは別の治療法が期待できるかもしれない」と発想を転換した。そして、中国の古書にコレラと思われる激しい下痢に不思議にも便秘薬の大黄を使う記述があることを知り、マウスやウサギの小腸を結紮して、コレラ毒素などの毒素と化合物を添加する方法で、大黄の成分のひとつで便秘薬とはまったく関係のないRG-タンニンがコレラ毒素を無毒化することを世界で初めて報告した。
現在、ヘリコバクター・ピロリ、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、O157などのそれぞれの毒素を無毒化する各種のポリフェノールも植物や果物から発見している。毒素の無毒化についても、子どもたちには「細菌から出る毒素のミサイルを先回りしてブロックする」とわかりやすく話す。
「子どもたちの目の輝きや想定外の質問から刺激を受けることが多い。講演に行った学校の子どもたちが数人、千葉大学医学部に入学していて、それもうれしいこと。だからこそ、続けられる」と野田教授。受賞をきっかけにさらに多くの講演依頼が寄せられ、研究室の内外を飛び回る日が続く。
小島あゆみ サイエンスライター