データを活かせ! 人類遺伝学会の2誌体制 ─ 編集長に聞く
松本 直通、徳永 勝士
日本人類遺伝学会が世界に誇る2誌の英文ジャーナル、Journal of Human Genetics(JHG)とHuman Genome Variation(HGV)。JHG は、60年の歴史を誇るヒト遺伝学の原著論文誌。HGV は、創刊2年目を迎えた新しいタイプのオープンアクセス誌で、簡易データベースを備え、遺伝子変異のデータレポートに重きを置く。日本人類遺伝学会がこの2誌を揃えた狙いはどこにあるのか。各誌の編集長、松本直通(まつもとなおみち)教授と徳永勝士(とくながかつし)教授が、新ジャーナル創刊の背景やそれぞれの目指すところを語り合った。
ワールドワイドのJHG
―― 創刊60年のJournal of Human Genetics(JHG)について、編集長の松本教授に最近の傾向をお伺いします。
松本直通: 人類遺伝学分野の研究人気を反映して、投稿数が非常に増えています。対応に追われ、うれしい悲鳴です。JHGでとりあげる研究のトレンドは、次世代シークエンサーをはじめとする技術の急速な進歩を受けて、目まぐるしく移り変わっていますね。
徳永勝士: どのジャーナルにも言えることですが、投稿に際しては、研究内容やレベルの傾向を知ることが大切です。ジャーナルは「生き物」ですから、傾向も変わります。ここ1~2年の掲載論文をよく見てください。
―― JHG には、年間で58もの国から投稿があるそうですね。
松本: 発展途上国も含め、世界中から投稿が集まります。JHG は、間違いなくワールドワイドなジャーナルです。
徳永: 私も以前JHG の編集長でしたから、歴史をお話ししますと、日本人類遺伝学会は古くから自前の英文雑誌を作ってきたわけですが、1998年に雑誌名を変更して、それまで付いていた「Japanese」の文字を取り外しました。それにより、国際的な存在感が一気に増したんです。ネーミングって大事ですね。このとき欧米の人類遺伝学ジャーナルの人たちは、いわば世界標準のジャーナル名を日本にとられて、「やられたっ」と思ったことでしょう。
松本: 日本の研究者にとって、JHG に投稿するメリットの1つは、国内にエディトリアルオフィスがあり、十分なコミュニケーションが取れることでしょう。例えば、日本人のゲノムデータを収集した研究を投稿するような場合、最近では、国立成育医療センターのコピー・ナンバー・バリエーション(CNV)に関する研究や、東北メガバンクのジャポニカ・アレイの研究などがありますが、貴重なデータであることを適切に評価してもらいたいとか、データの公開に関する条件を考慮してもらいたいとか、そういったことを事前に確認できます。
基礎研究にも臨床研究にも役立つHGV の誕生
―― JHG の姉妹誌としてHuman Genome Variation(HGV)が2014年に創刊され、徳永教授はその編集長になられました。このジャーナルが誕生したいきさつなどを教えてください。
徳永: 欧米など世界の人類遺伝学のジャーナルの編集長たちが集まる機会に、「このタイプの論文はアクセプトできなくて残念だよね」と、よく話題になることがありました。すでにある程度の確固たる理解が得られている疾患遺伝子の変異について、地域集団における多様性の例を報告するといった論文です。
松本: 補足させていただくと、例えば、ある病気の原因となる遺伝子の変異がすでに解明されていて、それを別の国で調べたら、同じ作用をもたらす別の変異のバリエーションが見つかったというような論文ですね。
徳永: そうです。そのような研究は、科学的にみると「新しさ」のインパクトには欠けることが多く、私もJHG の編集長だったときに、何度もリジェクトせざるをえませんでした。しかしながら、臨床という観点から見てみると、実はこれらのデータは非常に価値があるのです。
例えば、同一の原因遺伝子であっても、こういう変異のバリエーションのときにはこういう治療法がいいとか、また、その国の患者に対してはこのタイプの変異を調べればいいとか、そういった情報が得られるからです。次世代シークエンサーの登場によって、このような臨床的に有用な情報がおびただしい数で生み出されているなかで、それを発表できるジャーナルがないのは、大きい損失に違いないと思いました。
それならば、そういった情報を発信共有できる場を作ろうということで、バリエーションデータの報告(データレポート)に重きを置いたHGV の創刊に至ったというわけです。ジャーナル付属の簡易なデータベースも用意しました。扱いが容易で、誰でも自由に見ることができます。データベース中の各データは、それを解説するデータレポートとリンクしているので、とても便利です。
HGV は、日本学術振興会の国際情報発信強化事業として採択されており、当面はデータレポートの出版費用(APC)が免除されます。
松本: 内容にもよりますが、JHG に投稿いただいた論文で、それが適切と考えるものについては、HGV にトランスファー(再投稿)することをお勧めしています。JHG からトランスファーされた論文は、JHG での審査の経緯や担当エディターのコメントなどがそのままHGV に移行するので、移行後の審査プロセスは短縮されます。
―― 近々、HGV が PubMed Central®(PMC)に収録されるそうですね。
徳永: はい。すでに審査は通って掲載の準備が進んでいる段階で、早ければ2015年末にはPMCで掲載論文データが検索できるようになると思います。著者にとって自分の論文データが PubMed に載ることは大変重要ですので、収録が開始されれば、HGV への投稿もデータの引用も増え、空気はすっかり変わってくるのではないでしょうか。HGV のコンテンツには、基礎研究だけでなく臨床研究にも有用な情報が含まれており、非常に広範囲の人たちに活用していただけると期待しています。
松本: 一研究者として思うのですが、HGV は、データを“死蔵”せずにすむので、とてもありがたいですね。これまでは、苦労して解析して得られた結果が、すでに確立された遺伝子の変異と同じだと分かったときなど、それを発表できるジャーナルは存在しなかったのですから。
徳永: すでに高い閲覧数を獲得している研究も多数あります。例えば、自閉スペクトラム症とオキシトシンの研究や、大腸がんとセツキシマブの研究。また、米国の Institute of Systems Biology の Leory Hood 博士の炎症性腸疾患に関する研究などもin pressで控えていて、内容が充実し、楽しみです。
聞き手 藤川良子(サイエンスライター)。
Chief Editors Profile
松本 直通
Journal of Human Genetics 編集長
横浜市立大学
医学系研究科
遺伝学教室 教授

徳永 勝士
Human Genome Variation 編集長
東京大学大学院
医学系研究科
人類遺伝学分野教授
