|
|
|
|
|
|

変異マウスのデパート
テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学のなだらかに起伏した芝生の下には、何万匹もの変異マウスがすむ地下飼育基地が隠れている。このマウスたちは、DNAに変異を起こす化学物質によって体に変化をきたしており、彼らの入った飼育かごのラベルには、遺伝的な「しゃっくり」を起こした変異体の名前が書かれている。「オードリー・ヘップバーン」は、鼻が上を向いたチャーミングな変異マウスだ。「コジャック」は、体毛が印象的な形にハゲている。そして、不幸な「ウィー・ウィリー」は、各種能力に劣っていて不妊である。
ベイラー医科大にある発育不全のためのマウス変異誘発・表現型形成センターの管理責任者Monica Justiceは、欠損のあるネズミたちで膨れ上がる彼女の「変異マウスのデパート」が、ヒト疾患のモデルになってくれるものと期待している。しかし、マウスゲノム配列が解読されていなければ、彼女の思惑はほとんど不可能だっただろう。
「ウィー・ウィリー」を例にあげると、彼をつくり出すために、研究所の技術者が雄マウスにN‐エチル‐N‐ニトロソウレアと呼ばれる化学物質を注入した。この物質は、精子に小さい変異をランダムに引き起こす。その後、この雄の子どもたちを数世代にわたって交配した。Justiceは、「ウィー・ウィリー」の系統の雄マウスが時として正常よりもペニスが小さく、精子をつくれないことがあるのに気づいた。
こんな変異マウスはそれまで誰も知らなかった。そこでJusticeと同僚のRichard Behringer(テキサス大学MDアンダーソン癌センター/ヒューストン)は、BehringerのポスドクフェローであるAndrew
Paskとともにこの変異マウスを研究することに決めた。昔であれば、「ウィー・ウィリー」の症状の原因となる変異を突き止めることは、Paskにとって最上級の業績となったことだろう。だが、マウスゲノム配列のおかげで、彼やベイラー医科大の遺伝学者David
Stocktonは、問題の欠損が5番染色体の狭い領域にあることを、すぐに見つけることができた。
Paskは、「ウィー・ウィリー」の欠損が、ヒトの突発性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症にそっくりなことに気づいた。この疾患の患者は、成人が本来備えるべき正常な性的特徴を発達させることができない。「ウィー・ウィリー」は、この悲惨な病気を研究するための有用なモデルになってくれる可能性がある。また、このマウスは一種の「ハイポモルフォ」と呼ばれる変異体であることがわかっている。つまり、このマウスの欠損した遺伝子は、まだ機能はしているが十分には働かないのだ。
遺伝子ノックアウト技術などのすでに確立された変異体作製法では、ハイポモルフォ変異体をつくり出せない。これを考えると、Justiceの手法がいかにすばらしいかがよくわかる。彼女と以前の共同研究者Allan
Bradleyがこの研究計画を立ち上げた1998年当時には、この手法に疑念を抱く研究者が大勢いた。その当時、ドイツや英国の研究チームが、「ドミナント」変異体を探す研究計画を立ち上げていた。この変異体の場合、たとえ1対の染色体のうち1本のみに変異が起こっても発生が損なわれる。Justiceの選別法は、見つけるのがこれより難しい劣性変異体を見つけ出せるよう設計したものだ。彼女の研究計画によってすでに、およそ200の変異体が見つかっており、英国ケンブリッジ近郊ヒンクストンでBradleyが現在率いるウエルカムトラスト・サンガー研究所など(512ページ参照)、他にも世界各地のいくつかの研究所が劣性変異体の探索に取りかかっている。
Justiceや彼女の同僚たちにとって、マウスゲノムの公表は同時に、研究をうまくやり遂げたことを表すものでもある。とはいえ、今後なすべき研究はまだまだ尽きない。あやうく大変な災難に見舞わるところだったことも、思い出される。昨年の6月、ベイラー医科大が飼っていた何千匹ものマウスが、大洪水で死んでしまった。幸いにも、設計者たちに先見の明があったおかげで、Justiceの変異マウスが占領する新しい施設には洪水用の防水ドアが導入されていた。
Erika Check
|
|
|
|
|
|